アリスさん、殺人を知る
「そこの者たち止まれ!」
暫くして此方に気付いたのか、先頭を歩いていた人がそんな事を叫び、団体が私達の方へやって来た。
声からして男のようだが、全身に鎧を纏いヘルムを被っているせいで顔が見えないので何とも言えない。
しかして、そこの者たちというのは私達の事だろうか。
否、きっとそうなのだろう。私達以外には近くに誰もいないし。
何故見ていただけなのに私達の方に来るのか……。
ひょっとして私達が見ていたのが気に触ったのだろうか?
しかし止まれも何も、私達はシュバルツを眷属化してから全く動いていないのだが……。
「お前達……いや失礼、あなた達は……全員女性ですか。このような時間に此処で何をしているんですか?それに後ろの魔物はいったい何です?説明頂けますか?」
軈て、近くまで来た鎧男がヘルムをつけたまま、私達を見回してふてぶてしく尋ねてきた。
私を見て、若干言葉遣いが丁寧になったのは「高貴なる者」の効果だろうか。
常に何かしらの「只者では無い」オーラを放っているようなのだが、その強さも内容も私の感情に左右されるらしく、別段気持ちが昂ぶっていない今、何とも微妙な反応である。
これではどんなオーラが出ているのか分からないではないか。
ムカつくようなふてぶてしい態度と、下に見るような物言いはそのままだ。
おまけに腰に下げた剣の柄に手を添えているのを見るに、私達を不審者か何かだと思っているらしい。
見てみれば、後方に控える他の鎧仲間達も同じような感じである。
何故だろうか。見ていただけなのに……。
私達が何者でも、別にこの人達には関係ないと思うのだが、よく初対面でそんな反応を取れるものだ。
「このような時間に此処で何を?」はこちらの台詞である。
こんな時間にこんな場所で揃いの鎧を着た集団がいったい私達に何の用だと尋ねたい。
新手のナンパか?
それともこれがこの世界の職質なのだろうか?
ならばこの人たちは警察官のようなものということになるが、こんなに大勢引き連れて見廻りとはけったいな人達である。
「おいおい、何だよあれ!?」「コカトリス……変異種か?色が黒いが……」「ヤタの村で出たコカトリスってこいつじゃないだろな?何であの女性達と一緒にいるんだ?」
などと、他の者たちも私達の後ろでキョロキョロしているシュバルツを見て、何か知らないが騒いでいる。
この世界の人間なのだから、魔物には詳しいだろうに……。
それとも色が黒いから変に思っているのか?
何をそんなに騒いでいるのやら……黒い鶏くらい前世でもいた。
……分からん。
私がそんな事を考えていると、エディルアとヘデラがどこか喧嘩腰な口調で話し掛けて来た鎧男に応えだした。
きっと男に腹がたったのだろう。分からなくもない。
「私達はリアデという街に向かっている途中よ。そっちこそ何かしら大人数で急に?おまけに顔も見せないで。アリスが怯えたらどうするつもりかしら?……気に入らないわね」
「ええ、アリス様にその様な態度……許せませんね。まず跪き、頭を垂れてから話を請う伺いを立てなさい」
なんて事を冷めた口調で言う。
そして、そんな二人の言葉がしゃくに触ったのか、男が声を荒らげだした。
「ッ!?何だと!?何なんだ貴様ら、その口の聞き方は!!侍女の分際で我々騎士に楯突くなど!!そこの娘もだ!!抵抗するのなら容赦はせん!!さっさと我々に従って大人しくしろ!!」
何なのかは分からないが、どうやら私達に言う事を聞かせたいらしい。
大声でそんな事を叫びながら、剣に手を掛けたままズカズカと近づいてくる鎧男。
まるで癇癪を起こした子供のようだ。
見れば他の鎧の人達もガヤガヤとしだした。
どうやら、厄介さんの集団だったようである。
見ていないで逃げるのが正解だったようだ。
「はぁ……煩い駄犬ですね。聴こえなかったのですか?ではわたくしがお教え致しましょう」
ヘデラがそう言うと同時に、私達の目の前まで来ていた鎧男が地に突っ伏した。
唐突である。
何事かと見れば、ヘデラが操ったのだろう不自然な陰が、男の両脚と両腕と、いつの間にかヘルムの無くなった頭を地面に縛り付けていた。
所謂土下座である。
強制土下座である。
初対面の他人に、土下座をさせるヘデラ。
何がしたいんだろうか。面白いが。
「な……ッ!?何だこれはッ!!貴様ら何をした!!どういうつもりだ!!」
ヘデラにより土下座をさせられている男が蓋めき、地面に額を押し付けたまま騒ぎだす。
当たり前な反応だとは思うが、中々に滑稽な姿である。
喚き出した土下座男につられるように、後ろにいた鎧の人たちも騒ぎ出し、終いには腰に吊っていた剣を抜き始めた。
鎧の人達が口々に叫ぶ罵声を聴くに、どうやらヘデラがこの鎧男を強制土下座させたのに怒っているらしい。
これもまあ……当たり前の反応だろうか?
その様子を傍観気味に見ていた私は余りの事について行けずに、関係ない振りを決め込む事にした。
端的に言ってわけが分からない。
これが異世界という事だろうか……。
私はそそくさと後ろのシュバルツに近づき、毛づくろいをしているシュバルツの頭を撫でる。
ヘデラに撫でられていた時のように、私の手に頭を擦り寄せてくるシュバルツ。
ペットと言えば私は猫派だったのだが、大きな鶏も可愛いじゃないか。
私がそんな事をしている間にも、鎧の人達の半分くらいはそれぞれ武器を手に構えて、何故か私達を口々に罵倒しながら包囲せんと躙りよって来た。
盾と剣を持った者、両手に剣を構えた者、その後には弓を構えた者、杖を構えた者……。
様々な武器を持ち、私達を取り囲み始める。
その他半分くらいは困惑した様子で、遠巻きに眺めている状態だ。
シュバルツと戯れながら、それを見て思う。
この世界の人間は出会った瞬間こんな感じなのだろうか?
これがこの世界での挨拶なのだろうか?
もしかして……これは、今からこの人達と闘う流れなのだろうか?
と。
この世界の人類は魔物と闘っているらしいが、人類の敵対者とかいう称号を持ち、尚かつ真祖とかいう吸血鬼である私は、魔物サイドだという事だろうか。
私は別に人類と敵対したい訳でも、誰かと闘いたい訳でも無いのだが……。
軈て調子づいてきた鎧の人達に下卑た口調で、ガキがどうたらとか、可愛いから俺が遊んでやるとか、泣き喚かせて壊してやるだとか、私まで散々な事を言われる始末。
私は何も言っていないし、何もしていないのだが?
わけが分からなすぎて良い加減ムカついてきた。
その間、この状態を引き起こした一端であるエディルアとヘデラは無言で、私が見た事の無いような冷めきった眼でそれらを眺めていた。
二人が話していた筈なのに、これである。
どうにかしてよ。
せめて黙って無いで何か言って欲しい。
特にヘデラ。
そこの土下座男を離せば良いんじゃないのか?
それとも逃げるか?
否、今更土下座男を開放しても意味無い気がするし、エディルアとヘデラを置いて逃げる訳にもいかないだろう。
と言うか、今の二人は何だか怖いので話し掛け辛い。
私はいったいどうすれば良いんだ?
何もしてないし、何も言っていない私に対してもこの仕打ちである。
どこの世界に、罵声を浴びせ剣を振りかざしながら大勢で包囲する挨拶があるんだ。
いい加減、鎧の人達が言っている内容にも腹が立って来た。
何なんだこいつらは。
蛮族か何かか。
「殺れ!お前ら、この女共をさっさと殺せ!」
軈て、武器を構えた鎧男達が30m程の距離まで来たところで、土下座中の男がそんな事を叫んだものだから、三人セットになって罵声を浴びせられ続けていた私の我慢の限界が来た。
これを堪忍袋の緒が切れると言うのだろう。
プッツンである。
急に鎧の人達の声が止んだ。
見てみれば、武器を構えていた人達が一様に私の方を向いて立ち止まっていた。
遠巻きに眺めていた者達も私を見て、中には座り込む者もいる。
私の声が聴こえるように黙ってくれたのだろう。
静かにしなさいと言う手間が無くて丁度良い。
「殺せ……?私を……私の友達を殺せと?お前は今そう言ったのか?」
静かになったその場に響く私の声は、自分でも驚く程に冷めたものだった。
思考はあり得ないくらいに澄み渡り、しかし心中は沸々とした怒りが支配している。
私達が何をしたというのか。
……いや、ヘデラは男を強制土下座させているが。
そもそも、田舎の意気がったヤンキーみたいに絡んで来たのはこいつ等である。その上、大の大人の男が大勢で女を口汚く罵倒し、剣を向け……殺す?
この世界の人間はこんなに野蛮な奴らなのか?
もう、何か知らないがこいつ等殺そう。
殺される前に殺せと神様も言っていたし。
そう思い、取り敢えず土下座中の男の頭を蹴りとばす……と、グチャリと嫌な感触が脚に伝わり、その頭が千切れ飛んでいった。
しかして、ゴールにシュートされたサッカーボールのように飛んでいくひしゃげた男の頭と、先の無くなった首から大量の血を吹き出す男の身体を、視界の隅に捉えながら少し驚く。
私はこんな簡単に、罪悪感など無く容易く人を殺せたのか、と。
否、神様が「グロ耐性を付ける」とか「生き物を殺す忌避感を無くす」とか言っていたので、分かっていた事だが、それでもこうして初めての人殺しを体験してみると少し驚く。
驚くのが少しだけなのにも少し驚く。
というか、そんな事よりもこの男の体が脆すぎることが一番の驚きだった。
私は爆発しても吹き飛ばされても掠り傷一つ負わなかったのに、私の小さなあんよで蹴っただけで頭が千切れ飛ぶだなんて思わなかった。
まるで私の知っている、普通の人間のようじゃないか。と。
まあ、こんな男の事など、別にどうでも良いのだが。
男を縛り付けていたヘデラの操る陰が霧散し、ドチャリとその場に倒れる首無しの死身を、邪魔くさく思いまた蹴り飛ばしてから、周りを囲う鎧達を見回して告げる。
「せっかく道を退けてたのに……。今まで黙って見てれば何?何をぐだぐた言っているのか知らないけど、お前らが私の友達を殺すと言うのなら、私がお前ら全員殺してやる」
だから死ぬかさっさと何処かに行け、と。
私は自分で思っていたよりも、キレると過激になるようである。
そして少しの静寂の後、
「ヒッ!!?あッ……あぁあッ!!!」「しッ……死ねッ!化け物め!!」「くッ……糞がああッ!!」
なんて雄叫びを上げ、やけっぱちのように剣を振りかざして四方から次々に突撃してくる鎧の人達。
私は魔力で無数に作った血の剣を飛ばして、突っ込んでくるそれらの首を片っ端から鎧ごとぶった斬っていく。
月明かりを受けてぬらりと紅く輝く血の剣達は高速で飛翔し、時に鎧の隙間を縫って、時に鎧ごと、盾を持っているならその盾ごと、中の帷子を、皮を、肉を、骨を、全て容易くかっ裂く。
剣を持って斬り掛かってくればその首を撥ねる。
飛んできた矢を血の剣で切り払い、その矢を飛ばした者の首を撥ねる。
魔法を唱えようとすればその首を撥ねる。
大盾を構えて近づこうとすればその盾ごと首を撥ねる。
そして刹那に千切れ飛んでいく無数の首と、血を撒き散らしながら崩れ落ち、動かなくなる数体の胴。
呆気ない。と、私はそれらを眺めながら思う。
こんなに直ぐ死んでしまっては、私達を殺すも何も無いだろうに……。
先程まで意気揚々と私達に罵声を浴びせ、下卑た口調と態度で貶めていた者達が、今は怯え戸惑い、恐怖の叫びを上げながら剣を虚空に振り回している。
こいつ等はいったい何なんだ……?
その様子を最早憐れに思い眺めながらも、尚こちらに攻撃をして来ようとする者に、私は血の剣を飛ばしてその首をぶった斬っていく。
その間、エディルアとヘデラは虐殺を始めた私を、いつもの様子で我関せずと見ていた。
「はあぁ……闘うアリスは格好可愛いいわねぇ」
「アリス様……わたくしの事を思って、あんなに怒って下さって……。わたくし感動です……」
なんて事を言っている。
シュバルツなんてまた毛づくろいを初めて、私や周りの事など完全に無視である。
そんな仲間達を横目に何か納得がいかないと思いつつも、死体が30を超えた頃、面倒くさいのでここら一帯を魔法で吹き飛ばしてしまおうと思いついた。
初対面で私の友達を殺すなどとほざき、口汚い罵声を浴びせながら大勢で取り囲み、挙句剣で斬りかかってきた者共である。
そんな仲間の行動を止めも謝りもせずに、後ろで座り込み鑑賞している他の者達もどうせ禄な奴らでは無いだろう。
別にどうなろうと知った事では無い。
しかし死体があれば、もしかすると大量殺人の犯人として私が指名手配などされてしまうかもしれない。
幾ら自己防衛の末の殺人、それも勝手知らぬ世界の事とは言え、産まれて数日で指名手配犯になるなど嫌だ。
なので、ひとり残らず、跡形も無く吹き飛ばそう。
さて、ここで余談であるが、魔法には、技名、齎す現象、効果などが予め決まった「固有魔法」というものがある。
固有魔法の良い所は、魔法を発動する際に必要な魔力量が決まっている事、設定する情報が少ない事、誰でも同じ内容の魔法を使える事、などがある。
例えば火魔法の第一位界魔法。火の玉を前方一直線に飛ばす魔法「火球」。
魔力量は50。決めるのは飛ばす方向と速度とタイミング。後は技名を言いながら、えいっ!とやるだけで火の玉が100m程飛んで行き、物に当たると当然燃える。
超簡単である。
逆に、固有魔法を使わずに火の玉を飛ばそうとすれば、どのような火なのか、火そのものを魔力で作るのか、どのように飛ばすのか、飛んでいる間の火はどうなっているのか、等と、色々と頭の中で想像しなければいけないので大変である。らしい。
前世と違い頭の回転が早くなったのか、容量が増えたのか、私は別に固有魔法以外の処理が別段大変だとは思わないのだが、手っ取り早く決まった魔法を使うには固有魔法の方が色々と考え無くて済む、という認識である。
閑話休題。
なので、一番手っ取り早く発動出来る原初魔法の一つで「広範囲を跡形もなく燃やし尽くして吹き飛ばす」という超アバウトな説明の固有魔法、「破壊の彗星」とかいうのを発動させようとした。その時である。
「止めろ!!止めてくれ!!武器を下げろお前等!!」