アリスさん、スキルを知る2
スキル 「吸血鬼作成」
これは一番凄い。
なんてったって生き物を造るらしいのだから。
……それって色々とどうなの?
とか思わなくも無いが、ここは異世界である。
出来ちゃうのだから、気にしても仕方ない。
「ここでもつくれるのかしら?」
「魔法陣を書ければ場所は関係ないみたい」
必要なのは馬鹿みたいに緻密な魔法陣と魔力のみである。
どちらも問題ない。
「試してみる?」
「いいわね!新しい仲間ね!」
ということでさっそく試してみる。
比較的平らで草の生えていない地面を見つけ、魔力で創り出した血を使って幾つもの図形と文字を描いていく。
普通は石の床や紙の上に銀砂や特別な墨などで描くらしいが、今は手元に無いので血で代用する。
とても便利である。
ミミズがのたくったような細かい文字と、緻密に組み合わさった図形の数々。手作業で書こうと思えばとてつもない労力を有する事だろう。というか、私は3秒で投げ出す自信がある。
ちまちました細かい作業は苦手なのだ。
しかし私は魔法の力と自由に操れる血でチョチョイのちょいである。
魔法陣の完成図は頭の中に入っており、その通りに描こうとすれば操っている血も自ずと動く。
結果、勝手に出来上がっていく魔法陣を、私は突っ立って眺めているだけで良いのだ。
そして数分後、やけに複雑で細々とした魔法陣が書き終わると、魔力でつくられていない本物の私の血をそこに垂らす。
後はどのような吸血鬼を創るかを想像しながら、魔力を魔法陣に注ぎ込み呪文を唱えるだけである。
「どんな吸血鬼にしよう」
「優しくて頼りがいのある、しっかりした人がいいわね」
「……そうだね」
エディルアから好きなタイプを聴かれた時みたいな応えが返ってきた。
私は私達二人と仲良くしてくれればそれで良い。
なので他は敢て決めずに、どんな吸血鬼が出来るのかを楽しみにしようと思う。
なんと、仕組みはよく分からないが、魔法の力でそんなおまかせコースみたいなことも出来るらしいのだ。
凄いね。
魔力は込めれば込めるだけ良いらしいので、取り敢えず五百億ほど注ぎ込みながら呪文を唱える。
魔力は使っても、時間が経てば空気中の魔素を吸収、変換して元に戻るらしいので問題無い。
私の場合、五百億使っても三日もすれば元通りになるみたいである。
「我願う、夜闇を統べる同士を。月に揺蕩うは高貴なる血の恣意か、闇に潜むは覇者の享楽か…………」
地面に描いた魔法陣の一部に手を当て、魔力を流し込みながら呪文を唱えると、魔法陣が次第に紅く輝きを帯びてゆく。
夜の闇に紅く浮かびあがるそれは、禍々しくもどこか神秘的で、息を呑むように美しい。
何これ、一番魔法っぽい……。
こういうのを私は期待してたのである。
なんだあるじゃないか、こういう如何にも怪しい儀式みたいなやつ。
頭で思い浮かべれば直ぐに終わるのもいいけどやっぱり少し味気無い。
こういう魔法陣を描いたり、光ったり、呪文を唱えたりするのが、私の思い描いていた魔法像である。素晴らしい。
「…………望むは我らが莫逆の友。美しきを美しいと思える愛情とそれに寄り添う親愛を持ち、自らを違えることの無い正しき純潔の華。共にあれ、何者にも打ち勝つ強さを。共にあれ、闇の中にいて澱むことの無い清らかさを。共にあれ、自らの誠心を曲げぬ己の正しさを。ここに真祖の姫が望む。産まれ出たれ、夜を統べる我が血族よ」
五分程経ち、とてつもなく長く複雑な呪文を唱え終えると、魔法陣の光がより一層輝きを増す。
こんな長ったらしくややこしい呪文も、勝手に口を付いて出てくるのだからカンペ要らずで超便利。魔法最高である。
やがて一層輝きが増した後、闇に飲まれるように光が薄れ消え、夜の森は元の闇と静寂を取り戻した。
そして、魔法陣のあった場所に、一人の女性が闇の中から現れた。
肩まで伸びた艷やかな銀髪、頭にはフリルのついた白いカチューシャを乗せた、二十代後半程の整った顔立ちの女性である。
ほんの月明かりの下でさえ、その美しい様相ははっきりと見て取れた。
背はエディルアよりも少し高く、身体付きは細みでありながら、胸はそこそこ大きい。少し釣り上がった眼にはルビーのような紅い瞳が輝き、その下についた泣きぼくろが白い肌と合わさって柔和さとセクシーさを醸し出していた。
そして何より目に付くのは、紺色のロングドレスに白いエプロンドレスというその出で立ち。
そう、メイドさんである。
「何故メイドが……」
現れた美人メイドに呆然としていると、その彼女は私をみとめ、目の前まで悠然とした足取りでやって来た。
その姿は淑やかであり、恭しく、顔には優しげな笑みを浮かべている。
「お二人共、お初にお目にかかります。この度、姫様のお力により生を授かりました。この身を持ちまして、誠心誠意尽してまいりますので、どうぞ宜しくお願い致します」
そう言って恭しく頭を下げるメイドさんを見て、「私は問答無用で裸で放り出されたのに……。」などと、少し理不尽な思いを抱くが、考えれば全裸で出て来られても着る服が無いので助かったと言える。
そうは言っても、何故メイド服なのかは疑問に思うが……きっと彼女の趣味なのだろう。
深くは追求しない。
「凄かったわねアリス!いったい幾ら魔力を注ぎ込めばあんな馬鹿でかい規模の儀式魔術になるのかしら?上位天使でも召喚したのかと思ったわよ」
私がメイドさんを唖然と眺めていると、傍で見ていたエディルアが興奮した様子で詰め寄ってきた。
「ね、超凄かった!」
正に私が期待して、思い描いていた魔法そのものである。
ぜひともまたやりたい。
それはともかく、今はメイドさんだ。
メイドさんと呼ぶのも失礼だな……。
「そう、名前をつけなければ。どんな名前がいい?」
「姫様につけて頂けるのであればどのようなものでも構いません。姫様の望む名を名付けて下さい」
姫様?
……ああ、私の事か。
ステータスに真祖の姫がどうとか書いてあった気がする。
姫だなんて仰々しい呼び名だが、まあ別に良いか。
あだ名みたいなものだ。
しかし、名前をつけるなんて初めての経験。全く勝手が分からない。
メイドさんだし、西洋風の名前がいいかな?
キャサリン、レベッカ、マリア、ヘレン、ナンシー、マリー、ハリス、エーリカ……。
などと思いつく外国人女性の名前を思い浮かべていくが、どうもしっくり来ない。
いっそのこと、何かの名前からとってくるのはどうだろうか……花とか。
サクラ、レンゲ、カモミール、スミレ、パンジー、アイリス、ガーベラ、サルビア、アイビー……
「ヘデラ……私の前世の世界にあった植物の名前。花言葉は『永遠の愛』『友情』『誠実』……だったか。どうだろう?」
ヘデラ。
アイビーの学名。
英語では蔓の総称。
よくそんな事を知っているものだと思うが、前世で死ぬ直前に見たドラマで出てきたのだ。
優しくて、頼りがいがあって、しっかりした人。
愛する者を愛しいと思える親愛の心を持ち、何者にも邪魔されず何処までも伸び続ける力強さと、その根は頑丈で揺るぎなく、そして曲げる事のない誠心を持っている。
彼女にぴったりである。
皆が良く知る名前のアイビーでは無いのが、通なところだ。
我ながら中々に良い名付けなのではないだろうか。
「ヘデラ……ええ、素敵な名です。ありがとうございます。これより、わたくしはヘデラと名乗らせて頂きます。その名に恥じぬ者になる事をお約束致します。」
そう言って、優しい笑みを浮かべるヘデラを見て、少なくとも気に入らない様子では無い事に安心する。
「気に入ったのなら良かった。私はアリス。宜しく、ヘデラ」
「私はエディルアよ。宜しくねヘデラ」
「アリス様、エディルア様。改めて、宜しくお願い致します」
いつの間にか姫様呼びでは無くなった事に気づきつつも、名前で呼ばれる事が何だか嬉しくて、私は何も言わずに笑顔を返した。
が、そう言えば最初に自分の名前を伝えていなかった事を思い出した私は、だから姫様なんて呼んでいたのかと、一人納得した。