観点格差
散歩中の夫婦
最近やっと暖かくなってきた陽気につられ、私は妻と連れ立って近所にある溜め池の辺りまで散歩に出掛けた。
「見て」
隣を歩く妻が指差す先に視線を移すと、溜め池のほとりに子供たちが数人集まっているのが見えた。池の周囲ぐるりには転落防止用の柵があるため、それを乗り越えない限り事故が起こる心配は無い。
「何かしら」
「さぁ。水辺の生き物でも観察しているんじゃないか」
「立ったままで?」
言われてみれば、子供たちは全員が池の方を向いてはいるが、その誰一人として屈んだりはしていない。私たちが近づくにつれて、彼らが声を合わせて何かを大合唱しているのが聞こえてきた。
「ネッシー! ネッシー! ネッシー! ネッシー!」
少しおかしなアクセントにも思えたが、どうやら「ネッシー」という言葉を同じ調子で繰り返しているようだ。
「きっとネッシーを呼んでるのさ」
「ネッシーはネス湖にいるっていう噂だけの恐竜でしょ?」
妻の認識不足に私は少しイライラしながら訂正した。
「ユーマだ」
「何だっていいけど、ここは単なる農業用の溜め池よ。そんなものがいるはずないじゃない」
「わからないぞ。彼らはいつだって夢を見ることができるのさ。僕たちと違ってね」
私の返答に呆れたのか、妻は「もういいわ」と言って黙ってしまった。子供たちのそばを通り過ぎるとき、一人の男の子と目が合った気がした。私たちはそのまま山桜が満開の並木道へと入っていった。
子供たち
春休み最終日の日曜、僕は去年まで同じクラスだった健一くんから呼び出された。場所は学校の裏にある溜め池。お昼を急いで食べて家を出てきたのに、まだ健一くんは来ていなかった。
「おい」
溜め池の柵に寄りかかって踵で土を掘り返していた僕は、その突然の声に驚いてハッとして顔を上げた。
「健一……くん?」
「どうしたんだよ。そんなに驚いた顔して」
健一くんの周りには見慣れない顔が並んでいた。
「その人たち、誰?」
「誰だっていいだろ。なぁ?」
何だか急にのどが渇いてきた。それに嫌な予感もする。すぐにでもここから逃げ出したい。
「それよりお前さぁ」
そう言って健一くんは僕の首を腕で押さえつけてきた。身体が押されて後ろの柵に当たる。
「やめ……」
「うざいんだよっ」
腕がはなされた反動で思いっきり空気を吸い込んでしまい、僕は苦しいほどに咳きこんだ。
「健一、やっちゃうの? これ」
「バーカ。そんなことしたら後でめんどーじゃん」
「じゃあどうすんだよ」
「決まってんだろ。自分で死んでもらうんだよ。この池で溺れてさ」
耳の辺りがじんじんしてきた。何で僕がこんな目にあわなきゃならないんだ。前はあんなに仲良くしてたのに。
「お前、死ねよ」
嫌だ。
「死ねっ」
死にたくない!
「シーネッ! シーネッ! シーネッ! シーネッ!」
全員が叫び出したとき、彼らの背後を通り過ぎようとするカップルが見えた。これだけ騒いでいるんだ、きっとあの人たちが助けてくれる。願いを込めて二人を視線で追っていると、男の人のほうと目が合った。それなのに、彼らは僕を無視して歩き去ってしまった。
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