2話:試験
制服に着替えを済ませ、船から港へ降りた。
荷物は先ほどの赤髪の少女が生徒全員分を寮へ運んでくれるとのことで、俺たちは配布されたカードと宝石だけを制服のポケットに突っ込み、あとは配布されたパンフレットのみを手に持っている。
「それでは皆さま、パンフレットの地図を頼りに中央街の大聖堂へお集まりください。これは入学前の第一試験になります。タイムを計っておりますので迅速に行動してください」
淡々と少女が説明すると、ホイッスルを取り出し口に咥えた。そして右手を真っ直ぐ挙げ、ホイッスルの音と共に振り下ろした。
一瞬のどよめきののち、全員が戸惑いながらも森へ向かって歩き出す。
入学案内文にも書いてあった通り、地図に書かれている地形は不思議な三日月型の島だ。俺がいま居る場所、つまり港からは森を抜け、街を目指す必要がある。街に入ってからも大聖堂までは少し遠いようだ。タイムを計ると言っていたので急がなければ。
戸惑い、騒ついている奴らを無視してさっさと歩いていると、ふと凛の姿が見えないことに気づいた。
首を動かし、凛を探していると後ろから背中を叩かれた。
「透、僕はここ」
「なんだぁ、そこにいたの……か……」
凛は俺の後ろに居た。俺の後ろで宙に浮いている。着ている制服は上着が長めに作られており、下は短いズボンだ。紫のニーハイソックスの上から更に黒い革のニーハイブーツを履いている。ブーツは細いベルトが二本ずつ巻かれていて、華奢な凛とは正反対のゴツめのデザインだ。よく見ると腰のベルトもゴツい。と、ここまで凛を観察して違和感の無さに驚いた。
確かに凛は細いし中性的な顔をしているが、これではまるで女ではないか。
前の学校ではブレザーを着用しており、ズボンを履いていたため分からなかったが、女と言われて納得できてしまう。というよりも、これは完全に女ではないのか。俺は半年間、凛のことを男だと信じて疑わなかったが、まさか、ずっと凛に失礼なことをしていたのではないか。
「おま、り、凛おまえ、」
「そんなにどもらなくてもいいよ」
「好きでどもってるわけじゃないんだが……」
「言ってなかったね、僕は風魔法が得意なんだ。だからこれくらい余裕」
「そういう問題じゃなくて!」
「僕のこと、男だと思ってたって?」
「…っ、当たり前だろ! 制服でもズボンだったし、お前自分のこと僕って言うから……」
もごもごと口ごもりながらもそう主張すると、凛は浅く息を吐いた。
「僕の思い通りだよ、それが狙い」
「は……?」
「男装してたってこと」
じゃ、僕はこのままひとっ飛びでゴールまで行くから、と言って凛は飛んで行ってしまった。
男装してたとか、狙いだったとか、色々と聞き捨てならない言葉を言い逃げされれた。あまり深く追求しないでほしいということなのだろうか。それにしても、なぜわざわざ男のふりをしてまで転校してきたんだろう。しかも半年もしないうちに、また転校……。何か事情があるのか。
考え込んでいるうちに足が止まっていた。いけない、これでは最下位になってしまう。試験と言っていたので、今後の評価か何かに関わることは確実だ。
俺はパンフレットを仕舞うと、森に向かって走り出した。
*
獣道を半分ほど進んだところで、少し先に座り込んでいる人物を見つけた。
後ろ姿しか見えないが、背中まである長い金髪や背中が小さいことから女性だと判別できる。足を痛めているのか、右手で右足首を触っている。
「あのー、大丈夫ですか?」
俺と同じ黒の制服を着ていることから、学院の生徒だということは分かる。追いついたところでおそるおそる声をかけると、驚いたようにびくんと肩が揺れ、長い髪を揺らして俺を見上げた。
「あっ、あ、の……」
透き通るようなか細い声。
振り向いた顔はとても不安げだ。蒼い瞳は今にも泣き出してしまいそうだった。
「わたし、あの………、だいじょうぶです、」
大丈夫には見えないんだが。
強がっているようには見えないが、手を貸して欲しくないのだろうか。
「迷惑ならすんません、でも困っているように見えたんで」
そう言って目線を合わせるために膝を地面につくと、少女は困ったように顔を歪めた。
「あの、えっと、その、足が、痛くて、でもすぐに直るので、」
すぐに治る、ということは持病か何かの類いだろうか。
あまりしつこく問いただすのは良くないと思いつつ、こんな森の中に少女一人置き去りにするのも気が引けた。
「あー、じゃあ、回復するまで俺がおんぶしていいかな」
「えっ、」
「歩けないんですよね? 今タイム計測されてるらしいし、このままここに居たらアンタも困る……そうでしょう?」
「そう、ですけど、その、」
「ん?」
「いえ……、お願い、します」
戸惑いながら、少女は了承してくれた。
少女に背を向け、手を広げる。少しためらいながらも俺の背中に少女の体が預けられる。
悪い足場に苦戦しながらも立ち上がると、どっと重みが増した。
「大丈夫ですか……?」
重くてすみません、と小さく聞こえた。
人を運んだ経験なんて無い俺には分からないが、立ち上がれて歩けているのだからそんなに重くないのだろう。きっと。
「そんなこと、ないっすよ」
歩きながら簡単に自己紹介をしあった。
彼女の名前は葛谷雛。今年度の高等部入学生の一人らしい。中高一貫の色彩学院では、高等部への入学はごく限られた人数しか入れないのだと聞く。今年は八十人いたそうだが、中等部への入学生、千人と比べるとかなり少ない。
そんな八十人のうちの一人というのだから、かなりの実力者だ。
「先輩は何魔法が得意なんですか?」
「せ、先輩なんてやめてください、わたしも今年から入る身なので、立場はおなじですよ、」
「はは、じゃあなんて呼べばいいんすか」
「えっと、その、そうですね、えっと……、雛で、いいですよ」
「雛さん」
「う、はい、それで……、わたしの得意な魔法は…その、光系の魔法です」
「めっちゃすごいじゃないですか!」
魔法学に無知な俺でも知っている。
魔法の属性は火、水、土、風、雷、光、闇に分類されるが、光属性と闇属性の素質を持つ者は本当に限られているらしい。複数属性を持つ人もいるらしいが、主属性の五つのうち二つのみだ。たとえ二つの属性を併用しても、上位属性である光属性と闇属性の使い手には負けると聞いている。
「す、すごくなんてないです、とても弱くて、全然使い物にならないので、……それに…………」
それっきり、雛さんは黙ってしまった。気まずい。
「俺の属性は火なんですよ、なんの捻りもないっすよね」
主属性の中でも、火、水、土の三属性は比較的宿りやすいようで、魔法使いのほとんどはこの三属性のいずれかを持っている。その中でも更に火属性の割合が高い。
「火属性は、主属性の中で一番、威力が……高いと言いますし、そんなに、落ち込まないでください、」
控えめに、そう励ましてくれた雛さんはもう歩けるようになったようで、俺の背から降りた。
「時間を、取らせてしまったので、お詫びに少しだけ、魔法を使います」
雛さんは両手を祈るように組み合わせると、目を閉じて歌い始めた。
綺麗な歌声が森の木々に反響し、まるで協会のオルガンのように響き渡る。
どこからともなく小鳥や兎、鹿などの動物が集まってきた。この森、そんなに動物居たのか。
雛さんの歌声から生まれた温かな黄色い光は、ふわふわと漂って動物たちや俺の体へ触れて空気へ溶ける。触れたところからじんわりと体が温まり、疲労が抜けていく。彼女の歌声には癒しの効果があるみたいだ。
歌い終わると、動物たちは彼女にお礼を言うかのようにすり寄ってから去っていく。
彼女に寄っていく動物たちの中に、イノシシが数頭まぎれている。
「雛さん、危なーーー」
駆けよろうとしたが、雛さんは怖がらずにイノシシへ手を伸ばし、頭を撫でている。
そして俺を手招いた。小さな動物たちを踏まないように気をつけながらイノシシに囲まれている雛さんの元へ近付くと、にっこりと笑って言った。
「この子たちが、背中に乗せてくれるそうです」