1話:はじまり
私立色彩魔法学院。
太った三日月が踏み潰されて歪んだかのような、不思議な形をした島にその学院は存在する。学院は高い塀で囲まれており、その外側には街が広がっている。さらにその外側には森が広がっており、三日月の外側は崖、内側は海岸となっている。
島に学校はその一校しか存在しておらず、その島そのものが色彩魔法学院のために存在している。島内での通貨はどの国のものにも属さず、特殊な電子マネーとなっており、島の住人全員が専用のカードを所持している。
色彩魔法学院に入学する生徒は一枚のカードと一つの宝石を配布される。カードは電子マネーとして、そして寮の鍵として使用する。また、宝石は魔法を駆使するために必要となっており、カードと共に肌身離さず身に付けることを絶対のルールとされている。
ここまで入学案内を読んだところで、胃から内容物がせり上がってきた。
「おえっ………」
パンフレットを落とさないように握りしめ、船のデッキから身を乗り出して海に向かって上半身を乗り出す。
「ちょっと透、落ちないでよ?」
俺のズボンのベルトを掴み、そう注意してきたのは西川凛。支給された簡素で地味な黒色の体操着を着用している。灰色に近い黒髪は短く、前髪も眉の上で切られている。細い眉に大きな目。瞳の色は髪よりも更に灰色に近く、光の加減で虹色に輝いて見えることがある……というのは俺の気のせいかもしれないが。
俺の通っている中学校に一年生の半ばに転入してきたクラスメイトだ。半年間、同じ教室で授業を受けたがあまり人と触れ合うことを好まず、ひとりで過ごしている姿をよく見ていた。凛はあまり感情を表に出さないが、基本的にテンションは低いーーーというより、不機嫌に見える。笑ったところをこの半年間で一度も見たことがない。そして理由は分からないが、どういうわけか俺には打ち解けてくれているように思う。
凛と過ごした期間が何故半年かというと、俺と凛には国からの命令で魔法学院への転校が決まったからだ。中学二年生というこの微妙な時期に、中高一貫となっている色彩魔法学院へ転入した前例は無いようで、島へ向かっている二泊三日の船旅の中でも俺と凛は孤立していた。
それもそのはず、この船には中等部と高等部への新入生しか本来乗るはずがないのだ。おかげで俺たち二人は船内の使われないVIPルームへ通されている。二年次の転入、VIPルーム待遇ということで他の新入生達からは何事かと恐れられている。らしい。これは全て、凛から聞いた話だ。
「船以外で行く方法ないのかよ……」
「ないよ。島付近は保護呪文がかけられているから、飛行物体は何も近付けない。ヘリコプターや飛行機の類は島を感知することすらできないから」
この凛との会話はもう五度目だ。つまり、俺は五回もこの船で酔っている。元から乗り物には弱いんだ、俺は。
「失礼致します。佐久間透様と西川凛様でしょうか」
「……そうっすけど」
吐き気を堪えながら振り返ると、そこには細身の凛よりも更に細身で背の低い女の子が立っていた。
そう、女の子だ。小学生にしか見えないこの子は誰なのだろう。血と夕暮れを混ぜたような明るい赤髪は長く、左右の耳の上で黒い細めのリボンで括っているがその毛先は膝下まで伸びている。船員とは違う黒生地に赤いラインが入っているワンピースを着ており、靴下も黒、履いている革靴も黒。髪以外はほとんど真っ黒だ。よく見ると、アシンメトリーになっている長い前髪で隠れている顔の左側には大きな黒い眼帯。
伏せられていた顔が上がり、目が合う。くりっとした大きな目は目尻が少し下がっており、気弱そうなオーラが見られる。瞳の色は、白に近い灰色。まるで瞳の色がそのまま抜き取られたようなーーー。
「……」
不快そうに眉を歪め、少女は顔を伏せてしまった。
そして手に抱えていた大きな箱を二つ、俺と凛に手渡した。
左手で受け取り、パンフレットは折り畳んで体操着のポケットに突っ込んだ。
「学院の制服は、現在着用している体操着と共にお渡ししているかと思います。こちらは、これから常に所持していただくICカードと宝石になります。残り二時間で本島に到着しますので下船の準備をお願い致します」
教えられたことを淡々と答えているかのように、機械のように説明した少女は足早に去って行った。
「……透、女の子の顔ジロジロ見るなんて最低」
「すまん」
凛に指摘され、空いている右手で頭を掻いた。
気づかぬうちに船酔いは引いていて、凛に急かされながら船内へ戻った。
完結まで書けるか分かりませんがのんびりやりたいと思います。