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呪われ人魚姫、遊学に出る  作者: 高岡未来@4/9最愛姫発売
六章 人魚姫、海の王と相対する
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「なっ……んでっ」

 重たい瞼を持ち上げて覚醒をしたアーリアはいつもの癖であくびをする口の前に手を持って行こうとして、自身の体が自由にならないことに驚いた。


 状況についていけない。

 しかも寝かされているのはかろうじて薄い敷物が敷いてあるという冷たい床の上。

 縄で縛られていることにアーリアは瞠目する。


「あ、目が覚めました?」

 明るい声はマリアナのもの。

 アーリアは声のした方に顔を上げようとする。そうだ、確かマリアナはアーリアにこう言った。


『海の王の魔法を解く手がかりを、家族から仕入れました』


 アーリアはマリアナの言葉を信じて、彼女の手引きでコゼント城を抜け出した。幸いに城内の警備は手薄だった。

 マリアナはアーリアの元へとやってきて膝まづいた。

「すこし窮屈ですけどもう少しだけ我慢してください。お薬が少なくて案外早く目を覚ましちゃいましたね。姫様の寝顔もとってもきれいでマリアナ、久しぶりにうっとりしちゃいました」


 マリアナの声はその言葉通りどこか恍惚気だ。

 アーリアのこの格好に頓着もせずに普段通りに接してくる。アーリアはぞくりと背筋を凍らせた。なにか、おかしい。

 彼女の真意が見えなかった。

 連れてこられた場所はあいにくとアーリアでは判別がつかない。


 アーリアは何度かマリアナにどうして自分が縄で縛られているのか問いただしたが、彼女は「んん~、だって縄ほどいたら姫様逃げ出すじゃないですか」としか言わない。

 目的についてものんびりと躱すだけ。


 アーリアは疲れてきてしまい口を閉ざすことにした。

 マリアナは一度アーリアの側から離れて、それからどのくらいか時間が経った頃戻ってきた。

 今度はほかにも人を連れてきていた。マリアナよりも少し年上の女性と年老いた男性と若い男が数人。ずいぶんな大所帯だ。


「これはこれは人魚の姫君。お目覚めですね」

 一番年かさの男が声をかけてきた。

 アーリアはその男を睨みつける。いったいどういう了見でアーリアのことを拘束するのか。

「ここはどこなの? あなたたち、何者? わたしを誘拐して、一体何を要求したいのかしら」

 アーリアをかどわかす目的は一つしかない。コゼント王家に対する何らかの要求。


「気の強い姫君だ。さすがは、あの人魚姫の末裔なだけはありますな。あいにくとわたくしどもは王家へ言いたいことはありませんよ」

 老人はアーリアの威勢のよさに、片方の眉を持ち上げる。アーリアに遜ろうとしない、どこか尊大な響き。

「姫様はこれから供物として海の王へ捧げられるのです」

 明るい声をだしたのはマリアナだ。

 言っている内容と声の調子が一致しなくてアーリアは彼女の言ったことを理解するのにたっぷりと二十秒は時間を要した。


「……なんですって」

 供物とはいったいどういうことか。

 嫌な予感しかしないのはなぜだろう。


「姫君は、海神狂と呼ばれる人々をご存知ですか?」

 と、銀髪の青年が口を挟んだ。

 柔らかな声音がこの場にそぐわない。

 アーリアは男を睨みつける。長い髪を後ろで一つにまとめた青年は「ま、お城の奥で育てられた姫君が知らないのも無理はないですね」と言ってやおら口を開いた。


「海神狂とはですね、いってしまえば海の王至上主義の、偏愛思考のちょっとイカれた集団です」

「貴様、我らを愚弄する気か」

 老人が低い声を出し、そのほかの男二人が銀髪の青年を取り囲もうとする。


「いやだなあ、客観的に見た感想ですよ。自分たちだって外でどういわれているか、なんてわかりきっているでしょう」

 あはは~と緊張感のない笑い声を出した青年はおそらく見かけに反して腕っぷしは相当のものなのだろう。男たちは睨みつけるだけで手を出そうとしない。

「そして姫君。あなたの血筋は罪の象徴です。あなたの先祖である王子は、海の王の大事な姫を強引に連れ去り妻にした」

「失礼ね! わたしのご先祖様夫妻はお互いに愛しみ合う、とっても仲の良い夫婦だったわ。わたし、今日城の回廊で肖像画を見て来たもの」


「そんなもの王家の人間がつくったでたらめだ!」

 老人が一括した。

 想像よりも大きな声にアーリアは不覚にもびっくりしてしまった。王女の威厳を持ってして絶対に弱みを見せないと決めていたのに。


「……そんなことないわよ」

「水掛け論は結構です。過去のことなんて今を生きる人間にはわからないですよ」

 会話の主導権はその言葉で再び青年へと戻された。

「わたしはミーファ。隣国アゼミルダの人間です。縁あって今回姫君誘拐事件に加担しています」

 ミーファと名乗った銀髪の青年は左腕を胸の前に持ってきて、優雅に背中を曲げた。

 まるで踊りを一曲お相手していただけませんか、と請うように。


「姫君は彼らにとってようやく生まれた人魚返りの直系。海の王の姫君の血を持つ、人魚返りの姫を海へとお返ししたら寂しさで嘆き悲しむ王の心が慰められる……そう考えてしまうのも仕方のないこと。海の王はもう長いこと嘆いておられるのですよ。自分を裏切った、娘に対して」

 裏切った、というミーファの声は昏かった。

 アーリアは身の毛がよだつのを感じた。

 自分がこれからどうされるのか予想できてしまったからだ。できれば当たってほしくない。


「アゼミルダ人のあなたがどうして海神狂に加担するのよ」

 コゼントの東の国境を接するアゼミルダはトレビドーナと同じくらいの大国だ。

「アゼミルダとしては、コゼントとトレビドーナに仲良くされても困るんです。だから、姫には本当はうちにお嫁に来てほしかったんですけどね」

 そうしたら大見得きってトレビドーナの対コゼント政策に横やりを入れられる。


「けれどコゼント王はトレビドーナを選んだ。だから、姫君は邪魔なんです。トレビドーナに嫁がれたら余計に結束が強固になるでしょう。あの国に海軍を与える? ふざけるなと言いたいですね」


 ミーファは冷淡な顔つきでアーリアのことを見下ろした。先ほどまでの歌うような声音とはまるで違う。おそらくこちらが彼の本性。

「では移動しましょうか。そろそろよいお時間です」

 再びにっこりと笑ったミーファの締めに、老人は面白くなさそうに彼を睨みつけた。


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