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今度はビルヒニアに一同の視線が集中する。
ビルヒニアがアーリアのために占う。
結果、どちらが選ばれるのだろう。
「で、ではここでアーリア姫の旦那様が決まってしまうの?」
「まあ、わたくしたちとても素晴らしい場に同席しているのですね」
(え、ちょっと、ちょっと待って)
話が思わぬ方向に進んで困ったのはアーリアだ。
ここで彼女に占ってもらって、そして結果が出たらその通りに結婚しないといけないのだろうか。
占いが選ぶのはどっちの王子なのだろう。
リベルトかテオドール。アーリアは自分の心臓の鼓動が急に早くなるのを感じた。
「アーリア様、いかがします?」
みんなのまとめ役としてキラミアがお伺いを立ててきた。
ビルヒニアはだんまりしたままだ。
注意深くアーリアの顔色を探っている。
「だ、だめよ!」
アーリアは叫んでいた。
お茶会の席がしんと静まる。
アーリアは我に返って、それから慌てた。
「あ、その……わたし……」
アーリアは自分の思いを言葉にしようとするがうまく出てこない。
ビルヒニアの能力を疑っているわけではない。けれど、もしも占いの結果が出てしまえばその人がアーリアの伴侶に相応しいわけで。その相手を聞くのが怖かった。
と、そこでビルヒニアが初めて口を開いた。
「今のアーリアにわたしの占いは必要ない。彼女は自分で答えを持っている」
「え……?」
ビルヒニアの言葉に一番驚いたのはほかならぬアーリアだ。
一方の少女たちは互いに顔を見合わせ、それから頬を紅潮させていく。
「まあ、それって」
「もしかしなくてもアーリア様はすでに心に決めておられるということ?」
(そ、そうなの……?)
アーリアも心の中で自問自答する。
アーリアは知らずに自分の髪に添えた薔薇の花に手をやった。
ほんの少しくたびれかけている白薔薇。実は舞踏会に出席できなかったアーリアのために翌日リベルトが贈ってくれた薔薇だった。
勝手に怒ったアーリアのためにわざわざ気を使ってくれたのだ、リベルトは。
「きっとコゼントへの里帰りから帰ってくる頃にはどちらかの殿下を、と心に決めているのね。そうしたらいよいよアーリア様も花嫁さん。わたくし、絶対に花嫁の付添人をするわ。そして、ぜひ結婚式で持たれたブーケをわたくしに頂戴ね」
キラミアはアーリアの両手を取り、にっこりとちゃっかり発言をした。
すぐさま目くじらを立てたのは同席する少女たちだった。
「キラミア様! それって抜け駆けですわよ」
「そうよ、わたくしたちだって、ブーケほしいですわ」
「あら、あなたたちには必要無いでしょう! あなたたちには筋肉男が身内にいないじゃないっ! わたくしは、ブーケの魔法にすがらないと結婚できないくらいに切羽詰まっているのよ!」
キラミアがくわっと目を見開く。
彼女の言う筋肉男とは、リベルトの側付きをしているフィルミオで、アーリアの秘密を知る数少ない人物でもある。
今度のコゼント行きにも当然のことながら同行し、うるさすぎる兄の不在を何よりも喜んでいるのは普段から過干渉な兄に辟易しているキラミアだ。
「そんなの関係ないですわ!」
「そうよ」
「そうですわ」
突如始まった花嫁のブーケ争奪論争にアーリアは目を白黒させた。
花嫁のブーケを、花嫁自身から手渡された人物は、次の花嫁になると言い伝えらえれてる、と知ったのは侍女のフェドナに聞いてからだった。
◇◇◇
フェドナはアーリアの寝室の花台を彩っていた花束が無くなっていることに気が付いた。
まさかと思って彼女はとある人物を探した。
離宮の裏手の使用人用の出口から外へ出て、ゴミ捨て場へとたどり着くと。
そこにはマリアナの姿があった。
「あなた、何を勝手にアーリア様の花を捨てているのです」
マリアナはリベルトが贈ってよこした白薔薇を踏みつけていた。
後姿からは表情まで見えない。
フェドナの詰問に、マリアナはゆっくりと振り返った。
その顔には笑みが浮かんでいる。
邪気のない、純粋な子供のような顔つきをしている。
「もうそろそろ萎れかけているでしょう。姫様の寝室を彩るにはふさわしくないですわ。萎れた薔薇なんて。だから捨てたんです」
普段と変わらぬ明るい声。
フェドナは知っている。
白い薔薇を、まるで送り主その人と対峙しているように頬をうっすらと染めて眺めている主の姿を。
「萎れた花をどうするか決めるのはアーリア様です。あなたが先回りをする必要はありません」
マリアナの足元で薔薇は無残な姿をさらしている。踏みつけられて、土にまみれ、花弁はすでに散っている。
フェドナの叱責にマリアナは顔から表情を消した。
「わたし、コゼントに帰るのも姫様の結婚も反対です」
「それはわたくしたちが意見できることではありません」
フェドナは感情を押し殺す。
目の前の少女が分からない。彼女は昔からアーリアを過度に崇拝していた。美しい人魚姫に対するあこがれのようなものだと思っていた。
「わたしは、姫様とこちらの宮殿の片隅でひっそりと暮らせればそれでよかったのに。王子たちがわたしのお姫さまを見つけちゃったんですよね」
マリアナは困ったふうに一度息を吐いた。
「どちらにしろ、姫様はコゼントの第一王女。政略結婚は免れなかったでしょう」
フェドナがそれ以上言おうとするとマリアナは彼女の言葉など聞く気もないようにさっさとその場から歩き出す。
「マリアナ、お待ちなさい」
「もう、いいです」
なにがもういいのだ。
フェドナがもう一度声を出そうとするも、マリアナは早足で立ち去ってしまった。
フェドナは一人取り残された。
土とほかのごみくずにまみれた白薔薇。
これではアーリアの元に戻せるはずもなく、フェドナは少ししたのち離宮へと戻った。ひどく重い道のりだった。




