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呪われ人魚姫、遊学に出る  作者: 高岡未来@4/9最愛姫発売
一章 人魚姫、遊学先へ到着する
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1

 リベルトは国境の平野で人を待っていた。

 時折風が彼の黒い髪を揺らしていく。薄い茶色に少しだけ緑色を混ぜたような博美が見据える先に見えるのは国境の検問所だ。

 大国トレビドーナの王太子である彼がわざわざ王都から馬車で数日もかけてコゼント王国との国境へやってきたのには訳がある。


 もうすぐ、ここにコゼントから一人の王女がやってくる。

 王女の名前はアウレリア・ソラ・ロヴァッティ・コゼント。青銀髪の豊かな髪を持つ、深窓の姫君はつい最近十六になったばかりだという。コゼント城の奥で、めったに人前に出ることもなく暮らしてきた彼女がトレビドーナで今後暮らすことになる。


 それは彼女の国、コゼントがトレビドーナに有利となる軍事・経済同盟を結んだからだ。九年も前の話だ。

 トレビドーナはいくつかの従属国を持っており、コゼントへの待遇はそれよりも少しばかり上といったところ。


 リベルトは側付きのフィルミオと二人でまっすぐに前を見据える。

「王女を乗せた馬車はまだか」

「そう焦るなよ、リベルト殿下。彼女は病弱だということだ。ゆっくりとした行程になるって前もって聞かされていただろう」


 フィルミオは王太子相手に軽い口調で話す。

 背の頃は同じくらいで、黒い髪のリベルトに対してフィルミオは似たような褐色色。

 飄々とした態度のフィルミオに比べてリベルトは厳しい目つきだ。


「わかっている。その王女を遊学へと招いたのはトレビドーナだ。ちゃんと誠意をもって応対する」

「それが誠意って顔かね」

 フィルミオは肩をすくめた。

 彼は幼少時からリベルトに仕える側付兼護衛兼懐刀だ。多くの歴代宰相を輩出する名門トゥーリオ家の嫡男で、そういった縁もあり幼いころから王太子の話し相手として宮殿に出入りしている。

 だからリベルトも彼のぞんざいな口調は気にしていない。

「予定の日程よりも、すでに五日も遅れているんだぞ」

「途中で倒れて休んでいたって伝令がきただろうが」

「わかっている」


 病弱な姫君に対してトレビドーナは遊学という名目を使った。

 トレビドーナは従属国をいくつか抱えており、代々かの国らから遊学という名目で人質を差し出させる。通例年若い王女や王子がトレビドーナの宮殿に滞在する。

 コゼント王の子供は王子と王女の二人のみ。聞けば王女は確かに病に伏せがちだが、今日明日の命というわけでもなく、きちんと規則正しい生活をしていればすぐに命に係わるというわけでもないらしい。

 実に曖昧で、元気なんだか悪いんだかどっちだ、という病状だが、コゼント王が娘を差し出すと言ってきた。これまでのらりくらりと躱してきたというのに。


 しかし、コゼント王は王女がトレビドーナ入りをするにあたって一つ条件を出してきた。

 王族に準ずる者が王女のトレビドーナ移動の際付き従うこと、というものだ。

 なんだその条件は、とリベルトは思ったものだが、父王フレミオが承諾した。そしてリベルトが遣わされる羽目になった。


「なにがちょうどいいから視察がてら行ってこいだ」

「まあまあ。いい息抜きだとでも思えって。俺は昨日国境を越えてコゼントで妹用の土産を買ったぞ」

「おまえは楽しそうでいいな」

 リベルトは横に並ぶ従者兼友人の顔を見た。

 頭は悪くないのだが、楽天家すぎるのがたまにきずだ。文官肌というよりは武官のほうが合っていると豪語しており、父親とそれで意見が合わないとぼやいている。


「っと、そんなことを言っていると。ほら、馬車が見えたぞ」

 遠くの方から黒い点が見え隠れする。

 黒い点がいくつか。それはやがて、大きくなり、馬車の形が目視で確認できるようになる。

 リベルトとフィルミオは待たせてある護衛隊と合流する。

 それから一時間もしないうちにリベルトはコゼント側の一団と相対した。


「わざわざ王太子殿下自らお越しいただけて恐縮に存じます」

「顔をあげよ、イルファーカス殿下」


 リベルトは命令し慣れている口調だ。

 今目の前で神戸を垂れているのはコゼントの第一王子、将来のコゼント王となるであろうイルファーカスだ。青銀髪の髪は肩よりも少し長めで、顔を上げた彼はリベルトよりも幾分背が低い、優しげな面持ちをした青年だった。


「長旅ご苦労だった。まさか兄自らが王女を送ってこようとは思わなかった」

「大事な妹姫ですから。私自ら護衛をしたまでです。くれぐれも、我が妹をよろしく頼みます」

 イルファーカスはリベルト相手に臆することもなく、しっかりと目線を合わせる。


 背後ではフィルミオが感極まっているのが気配で分かった。

 彼には十も年の離れた妹がいるのだ。

 おそらく、自分に置き換えて想像しているのだろう。溺愛する妹を人質として異国に差し出すという状況を。

「わかる、わかるぞ……」


(心の声がダダ漏れだ。黙っていろフィルミオ)

 リベルトは内心舌打ちをした。

 大国の威厳が台無しだ。


「それで、肝心の姫は?」

 今この場にいるのはイルファーカスと彼を守る近衛隊の兵士たち。

「姫は体調を崩しています。馬車に乗せたままでご容赦ください」

「しかし、中にいるのが本当にアウレリア姫だという確証も持てないまま出発するわけにはいかない」


 リベルトはじっとイルファーカスを見据える。あらかじめ肖像画を手に入れてあるから、顔を見れば本人だとわかるはずだ。

 長いにらみ合いの末、イルファーカスは息を漏らした。

「わかりました」

 短くそう言って、彼は一つの馬車へと足を向かわせた。


 馬車の扉を開けて、なになら話し合うこと数分。

 短くない待ち時間の後、一人の少女が馬車の中から姿を現した。車いすに乗った少女がこちらへ近づいてくる。


 イルファーカスよりも濃い青銀髪を惜しげもなく背中に垂らしている。ドレスは胸元で切り返されており、裾は車いすで踏みつけてしまいそうなくらい長くて幾重にも重ねられている。

 深い青の瞳に日の光に照らされて輝いた日のような海の色をした髪の毛。向いた卵のように白くみずみずしい肌に、小さな唇と通った鼻筋。昔見たことがある、大海原の海色の大きな瞳がこちらを仰いでいる。しかし、リベルトは王女の顔色が悪いなと思った。

 緊張のせいか、本当に体調が悪いのか。


「殿下申し訳ございませんが、座ったままで容赦ください」

「……ああ」

 肖像画で顔は知っていたが、実物の方がそれの何倍も美しい少女だと思った。


 それに。

(これが、人魚の……末裔か)


 イルファーカスのそれよりもずっと濃い青色の髪の毛。日の光を受けて、銀色に輝くそれは、まさしくおとぎ話の中だけの生き物とも呼ばて久しくなった人魚の血を引く証だ。

「よろしくお願いしますわ、リベルト殿下」

 王女は可憐な声で挨拶をした。

 それがリベルトとアーリアの最初の出会いだった。


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