第三話 期限が切れた
「前髪自分で切るのはいいけどさあ、もうちょっとどうにかなんないの ?」
中学、高校と同じ学校に通った地元の幼馴染の大和は鏡の中の私に向ってこぼした。
大和は実家の床屋『バーバーヤマト』を継いだので、いつもお金の無い私は昼ご飯代を浮かすためにも彼にカットを頼んでいる。
バーバーヤマトには客の中に何人かダフ屋がいるので、拝み倒すとごくたまにコンサートのチケットを融通してくれたりするのだ。
大和と私は中学時代から競り合うほどの成績の悪さで、クラスの中では私たちの右に出る者はいなかったと思う。
中学のときの英語のテストで、羊という単語を二人揃ってメリーと書いた始末だ。
私はさすがにシープということに気が付いたが、彼はいまだに羊はメリーだと思い込んでいる。
大和は中学の頃から私の頼みは何でもきいてくれる人だったので、ときには出欠の返事を裏声で代弁させたりしていた。
「ぱっつん前髪にしたいんだけど、どうしても思ったより短くなっちゃうのよ」
「濡れた状態で切るから、乾いた後で短くなるんじゃないの?」
濡らしてないわよと言う私を疑わしい眼で見る大和に、いいから適当にそろえてくれと身振りで伝えた。
「そんなことよりさあ、あんた中学のときの松本くんて覚えてる?」
大和は肩にかかるか、かからないかぐらいの私の左右の髪の毛を均等にしようと熱心に鏡を見つめている。
「松本くん?・・・どの松本だよ。同じ学年に何人かいたよな」
言われてみると男女合わせて松本という名字のひとは何人かいたかもしれない。
「カッコよくて成績が良かった松本くんよ」
大和の表情を見ると、うろ覚えの記憶をなんとか手繰り寄せているようだ。
「ああ、松本康一だろ。覚えてるよ。目鼻立ちがすっとした、なんだか色っぽい男だったよな」
「そうよ、それそれ」
「その松本がどうかしたの?」
私は先日会ってしまった松本くんの成れの果ての容姿を思い出して落胆の色を隠せなかった。
「会っちゃったのよ。K市銀座で」
K市銀座とは地元の商店街の名称で、なぜ銀座が付くのかは不明だ。
「へえ、俺はあんまり面識がなかったけど、元気だった?相変わらずいい男だったか」
あまり面識がなかった大和でさえも松本くんの印象を美男子として記憶しているのだ。
予想を覆す松本くんの今を何と言って大和に説明したらいいのだろうかと思った。
「それがね、予想以上に変わってたの」
「ああ、問題を起こすようなタイプじゃなかったけど、一風変わってたもんな」
「そういう意味で変わってるんじゃなくて、見た目がえらく変わってたの」
私がそう言ったとき、奥の居間から大和の母親の声が店内に響いた。
何やら帳簿が合わないというような内容を言っている。
バーバーヤマトは常にオフシーズンという感じで、閑古鳥が鳴いているので、いつ来ても他の客に会ったためしがない。
大和は忙しいフリをしているが、業績不振なのは誰が見ても明らかだ。
「そうなんだ。頭が薄くなってたりとか?」
大和は母親の愚痴を耳にすると一瞬動きを止めたものの、いつものことなので気にもせずに再び手を動かし始めた。
「それもそうなんだけど、すごく太ってたのよ」
私が吐き捨てるように言うと、大和はそれは災難だったなと言った。
「何でよ」
「だってお前、ヤツに想いを寄せてなかったっけ」
私は途端に汗が吹き出てきた。
「私あんたにそんなこと言ったっけ?」
「言ってたよ。俺も忘れてたけど今思い出した。松本くんを見てると胸がときめくだのなんだの騒いでたじゃん 」
松本くんのことなどあまり覚えていないと思っていたのに大和が意外と食い付きがいいのには驚かされた。
「じゃあ中学時代がヤツの絶頂期だったんだなあ。誰も太刀打ちできない美貌だったのに・・・」
独り言のように呟く大和の言葉を耳に入れながら、私は向かうところ敵なしだった頃の松本くんの姿を必死に思い返そうとしていた。
気にしたらあかん~