第二話 OMG!
帰宅ラッシュの時間だというのに人気のない近所の商店街を歩いていると、十一時の方角から何やら視線を感じた。
ちらりと見ると、そこにはブリーフケースを持った、頭の後退しかけたデブが私に目をやっているところだった。
察するにОL好きのもてない中年おやじなのだろう。
私は彼を見て見ぬふりをしながら通り過ぎようとした。
改めて目をやると、私をぼーっと見ていたそのデブの表情がさっと変わるのが分かった。
今日は駅から商店街に着くまでに一度も信号に引っ掛からなかったのでラッキーと思っていたのだが、何やら雲行きが怪しくなってきた。
一ブロック先まで行ったらいつもとは違う道に行こうと思ったそのとき、私の背後から落ち着いた声が聞こえた。
「室井さん?」
唐突に自分の名前を呼ばれた私は驚いてその彼に振り向いた。
「・・・、はい?」
今の言葉ははたしてこのデブから発せられたものなのだろうかと半信半疑の目で彼を見つめた。
「やっぱり室井さんだ!髪型が中学時代から変わらないからすぐにわかったよ」
そう言うとそのデブはかけていたメガネを外して見せた。
「ああっ!?」
一重の涼しい眼をした肥満体の彼は、昔の面影は全くないが、間違いなく私の恋焦がれていたあの松本くんだった。
「あ、あの・・・、あの松本くん!?」
遠からぬ日に彼に会えたらなとは思っていたものの、手の込んだ運命の悪戯に私は卒倒しそうになった。
「僕、少し太ったから分からなかったんじゃないかな」
少しというよりも、手の施しようが無いほど肥大しているではないかと思ったが、気を悪くするといけないので、私は曖昧に首を縦に振った。
「な、なんていうか頭に思い描いていた松本くんと多少違うから、気が付かなかったわ」
彼はうん、うんと頷くと、中学を卒業してやっていたサッカーをすぐに止めたのでこうなってしまったのだと微笑んだ。
あまりにも昔の彼を美化していたため、私の中での彼のイメージが音を立てて崩れていくのがわかった。
それにしても彼の声はこんなにもマイルドだっただろうか。
太ったので声まで太くなってしまったような気がする。
「仕事の帰り?」
「え、ええ。会計士みたいなことをしているの」
本当はただの経理部員だが、今日は持っている中でも割とまともなスーツを身につけているので見栄を張ってしまった。
「そうなんだ、すごいね!僕は小さな会社を経営してるんだ」
「わあ、そうなの?松本くんこそすごいじゃない」
見た目は中学時代と別人だが、中身は優等生のままの松本くんのようだ。
「今度同窓生で飲みにでも行きましょうよ」
「室井さんは中学時代の奴等とまだ付き合いあるんだ」
「うん、私は地元の公立に進んだからね。メンバーが中学からの人ばかりなのよ」
彼のどこを見ても肉の塊という感じで、先ほどから目のやり場に困ってしまう。
「いいね。僕は遠方の私立に行ってしまったからもう全く付き合いがないや」
私は松本くんにみんなあなたのことを覚えていて会いたがると思うという旨を述べると、LIMEの連絡先を交換して別れた。
あの中学時代の彼の美貌は永久保障だと思っていたが、もう既にかつての彼の面影は薄れていた。
知らない方が幸せだった。
逆のパターンもありますよね^^;