第十二話 講釈を垂れる
「この間はどーも」
私の顔を見ると、松本くんは何食わぬ顔で挨拶をした。
「まさか松本くんに彼女がいるとはねえ・・・」
彼は吸っていたたばこを揉み消すと私の言葉などには全く動じず、彼女はただの知り合いだと言った。
「あなたと彼女の姿が目に飛び込んできたときはさすがにビックリしたわよ」
「なんか室井さん、声掛けてほしくなさそうだったから止めておいたよ」
松本くんは寝不足なのか、心なしか赤い目を少しこすった。
「室井さんと一緒にいた娘は、妹さん?」
「弟の彼女よ。半年前からうちに居候してるの。未成年じゃないからいいけど、捜索願とか出てないのかしら」
そう言いながら私はカモフラージュのために置いてある、法外な値段のついた本物のイタリア製のミュールを手際よく並べ替えた。
松本くんはそれは大変だと言いながらもそれ以上は何も言わないので、私はショーケースの上の鏡に映っている彼の表情をちらっと盗み見た。
「どんな手を使ったの?」
「何が?」
「彼女をゲットするのに」
松本くんは、ははっと笑うと室井さんてそんなに詮索好きな人だったっけと言った。
だって彼女、私の記憶によればいい人そうでキレイだったし、勝ち目がないって思ったわよ」
「本当にそんなんじゃないよ。厳密には人様のものだ」
「そうなの!?」
では地元で最も栄えている繁華街を腕など組んで歩くべきではない・・・。
「それより室井さんはどうなの?」
「どうって?」
松本くんは上着のポケットに手を伸ばしてたばこをとった。
「彼氏とかいないの?」
「今はいないわ。ちょっとしたアクシデントがあって・・・」
「アクシデント?」
私は松本くんに元カレにされた仕打ちを言い、人間不信になりそうだと付け加えると、一時の沈黙の後彼は口を開いた。
「きっと外見だけで選んだんだろ。そのままだと堂々巡りだと思うよ。もしよかったら僕が恋愛のなんたるかを伝授しようか?」
松本くんの言葉になんとなく抵抗感を覚えた私だが、黙って耳を傾けた。
「まずは見返りを期待しない女になった方がいい。それと、無自覚だろうけど室井さんは自分の非を認めない人っぽいからそこは気を付けるといいな。あとは・・・」
まだあるのか、と私は思った。
「斜に構えるのは止めた方がいいね」
そう言うと松本くんは礼など無用だという表情をしたので私は反論した。
「あのねえ、三十年近くこの性格できたんだから今更変えるなんて容易なことじゃないわよ」
「でもそのままだと悪循環だと思うよ」
「結構じゃない」
松本くんは呆れた溜め息をつくと開き直るなよと言った。
「私のことはいいから彼女とのことを聞かせてよ」
そう言って私は松本くんを小突いた。
「・・・・・・。蒸し返すなよ」
「いいじゃない。私はこのバイトに手を染めてしまったいわば同胞なのよ。十中八九付き合ってるとみたわね」
「室井さんにはわからないよ。彼女は訳があって一緒にいたけど、先輩の奥さんなんだから。邪な気持ちはない」
松本くんがそう言ってわずかに首を振ると、無音のDVD屋にパラパラといる客の足音が響いた。
「そうなんだ、先輩の・・・」
頼むからもう勘繰るのは止めてくれというような表情をした松本くんといると、心なしか息が詰まりそうになってきた。
「ごめん、神経に障ったのなら・・・」
「いいんだ」
このとき、私にとっての松本くんはただの昔の同級生だったということが嫌でも思い知らされた。
私としては松本くんを信ずるに足る人だと思っていたのだが、彼の私生活に土足で踏み込まないでくれという態度に突き放された気分になり、私は深く傷ついた。
的外れなことを言って松本くんとの間に摩擦を起こしてしまった私は、その後率先してバイトの手伝いを行ったのだった。
最近の私は偽ブランド品の販売の才覚を表してきたように自分でも思う。
私のミッションは一つでも多く偽ブランド品を売ることであって、松本くんと私はただのバイト仲間だと割り切ったとき、レジの横にある事務所から彼の息を殺した声が響いた。
「どうしてわかる」
携帯に向って言う松本くんの顔色が変わるのが声でわかった。
「幻覚剤・・・」
立ち聞きするつもりはなかったのだが、会話全体が穏やかでない話のようなので私は思わず静止して聞き耳を立ててしまった。
電話の向こうの相手は男性なのか女性なのかもわからない声で何かを言っている。
耳を澄ましたが、それ以上は何も聞きとることができなかった。
電話を終えて、事務所から出てきた松本くんに、私は何も聞かなかったかのように振舞ったのだった。
上手くいかないですね~