第四話
「「「乾杯っ!!!」」」
グラスとグラスが当たる甲高い音が店内に響いた。
高校の入学試験が終わって約五時間後、俺は姉と兄に連れられて焼肉屋に来ている。
颯雅と別れてからの俺は言われた通り、地面に散乱していた天月の荷物を広い集めた。そして、その荷物を持って、俺は家に帰った。
本当は、学校に張り出される合格発表の紙に書かれているかもしれない己の名前を、他の受験生と共に血眼になって探したかったのだが、昼食にするはずだったお袋の弁当は颯雅に食われたし、飲食店で食べることができるだけの金も持っていなかったので家に帰ることにしたのだ。
家に帰った俺は、ビックサイズの醤油味のカップラーメンで腹を満たし、自室のベットに倒れこむようにして身を任せた。今日は不吉な夢を見て、中途半端な時間に起きてしまったせいで短時間しか寝ていない。飯を食ってすぐ寝ると太るとお袋に言われたが、強烈な睡魔の前にその言葉は無力だった。
寝付いてからぴったり二時間後、興奮ぎみに囃し立てる兄の声で俺は目覚めた。兄の手に握られているスマートフォンの画面には日ノ坂学園の高校入試の結果が書かれている。
一瞬、呆けた俺は次の瞬間には兄の手からスマートフォンを奪い取っていた。画面を凝視し、俺の受験番号を探す。見つけた。合格だ。
「おっしゃあ!」という言葉と共にガッツポーズ。兄は俺の頭を撫で、心底嬉しそうな顔で誉め言葉を並べてくれた。
そんなことがあり、今に至る。
「やっぱりハイボールは美味しいわね~」
喉を大胆に鳴らしながらハイボールを流し込む姉。
「そうですか?自分はどちらかというとビール党なんで……」
ジョッキを片手に、姉に言葉を返す兄。
この兄弟は見事な程に、性格においての共通点が無い。
姉の名前は詩。俺は詩姉と呼んでいる。明るくサバサバしていて、リーダーシップのある人物だ。その代わり少し破天荒なところがある。年齢は今年二十五歳で、家が経営している海鮮小料理屋で働く料理人だ。
兄の名前は諒。俺は諒兄と呼んでいる。温厚で優しい性格をしているが、争い事が苦手な性分なので詩姉と言い争いになった時はいつも押し負けしていた。年齢は今年で二十三歳。三月で大学を卒業するが、まだ就職先は決まっていないらしい。
諒兄の発言に気を悪くしたのか、詩姉が反論する。
「ハイボールのどこが不味いのよ」
「いや、不味いなどとは一言も言っていません」
「ビール党の人の気がしれないわ」
「全国のビール好きな人を敵に回すような発言は控えた方がいいですよ」
机を挟んで口喧嘩をする詩姉と諒兄を眺めながら、コーラを飲んだ。口内に広がる甘味。炭酸飲料特有のシュワシュワとする口触り。俺はソフトドリンクの中でコーラが一番好きだった。
「ハイボール以上に美味しいお酒なんて無いわよ」
「ビールの方が圧倒的に民主的で、売れていると思いますが」
「ホント、あんたってムカツクわねぇ……」
俺の隣の席に座っている諒兄を足で蹴りつける詩姉。
「ぬなっ!やっ、やめてください姉さん!いだだだっ!痛いですって!」
無様に悲鳴をあげる諒兄。正直、詩姉と諒兄は性別を入れ替えるべきだと思う。
「お待たせしました~カルビ2人前でございます~」
店員が頼んだ肉を運んできた。渋々、足を引っ込ませる詩姉。流石の詩姉でも、他人がいるところで身内を蹴ったりなどはしない。
「わあっ、やっと来ましたね!早く焼きましょう!」
肉が来たのと詩姉のキックから解放されたのとで、諒兄は満面の笑みを浮かべていた。
「諒が焼いてね」
「えっ?こういうときは皆でーーー」
「諒が一人で焼きなさい」
「むぅ……」
諒兄は渋々ながらトングを手に持ち、店員が持ってきた肉を網の上に並べ始める。
「誠、改めて、高校合格おめでとう。あの高校難しいので有名なのに凄いわ」
詩姉が諒兄の時とはうって変わった穏やかな表情で俺を誉めた。
「ありがとう」
「これで誠は諒の後輩になるのね……」
「そういえば、そうだな」
俺が受けた高校は諒兄の母校だ。諒兄を知っている教師も学校にまだいるかもしれない。
「あの高校、自分が通っているときは男子校だったんですよ。ちょうど今年から共学になるみたいで」
「え?そうだったのか?」
初耳だった。ずっと前から共学だと思っていた。
けれども言われてみれば、日ノ坂学園のオープンスクールで女子生徒を見たことなどない。入学試験の教室だって女子より男子の方が圧倒的に多かった。元男子校だったのならば全てに納得がいく。
「知らなかったんですか?」と言う諒兄の言葉に頷いた。そして、俺の方から話を振る。
「なあ、ちょっと聞きたいことがあるんだ」
「何?」
「何でしょうか?」
不思議そうに首をかしげる二人。息を吸い込み、吐き出すと共に言葉を発した。
「異能力って知ってるか?」
二人の瞳が少し見開かれる。俺の突拍子も無い質問に驚いているのだろう。
この質問をしたのには理由があった。身内の異能力者を見つけるためだ。
単に見つけるだけならば『二人は異能力者なのか?』と聞けばいいだけの話だが、異能力者は“自分は異能力者である”ということを俺以外にも隠している可能性がある。
“異能力”というワードを聞いて二人、またはどちらかが動揺した場合は後で、異能力者なのかどうか訊ねてみるつもりだ。
「知らないわ」
頭を左右に振る詩姉。
「姉さん、異能力を知らないんですか?アニメでよく見る魔法と同じようなものの事ですよ……そうですよね?誠」
諒兄は確認するように、こちらを向いた。
「そうだ」
二人の顔を見る。顔面からは動揺しているのかどうか分からない。
指先に目線を移した。ポーカーフェイスが出来ていても、体の細部には心の動きが表れていることがある。だが、二人の指先は震えてなどいなかった。
この程度の質問では動揺もなにもしないのだろうか。ならば次は、核心に迫る質問をしよう。
「じゃあ、俺がこの世界に異能力があるって言ったら二人は信じる?信じない?」
「信じないわ」
俺の質問を聞くないなやすぐに、詩姉は異能力の存在を否定した。
「なんで?」
「なんでって……異能力なんて非科学的なものあるわけないじゃない」
「そうだな」
確かにそうだ。俺だって天月の異能力を見ていなかったら、颯雅の言うことを信用しなかっただろう。
俺からの質問を答え終わった詩姉は、諒兄が焼いた肉に箸を伸ばす。その行動に不自然さは微塵もなかった。
俺は、視線を詩姉から諒兄に移す。
「諒兄はどうだ?」
二つの取り皿に肉を取り分けていた諒兄が、手に持っているトングを皿の上に置いた。
「自分は異能力を信じますよ」
「なんで?詩姉みたいに、非科学的だとか思わないのか?」
「確かに異能力は非科学的かもしれません。けれど、誠が言うことです。信じるに決まってるでしょう」
諒兄は俺に対して微笑んだ。
「諒兄……」
俺が異能力の存在を認めていない時に、諒兄が『異能力がある』と言ったって、その言葉を信じはしない。信じないどころか諒兄の頭が心配になるだろう。そんな質問なのに、諒兄は俺に対する信用だけで異能力があると信じると言った。
諒兄の『異能力があると信じる』という言葉に嘘はないと思う。けれど、信じる理由が俺の言葉だけだというのが若干嘘臭い。もしかすると諒兄は異能力の存在を、俺が知るずっと前から知っていたのではないか?二人きりになれた時に諒兄が異能力者かどうか聞いてみよう。
「さあ、誠。そんな話は置いておいて先にお肉を食べましょう!冷めてしまいますよ」
二つの取り皿の、肉の量が多い方を差し出してくる諒兄。皿を両手で受け取った。
「なんでいちいち取り皿に肉を分けるのよ。冷めちゃうじゃない」
「分けないと姉さんが全部食べてしまうでしょう?」
「何言ってんの。いくら私でもそんなことはしないわ」
そう言いながら諒兄の手元にある、肉が入っている皿を当然のように取る詩姉。
「待ってください姉さん!そのお肉は自分のです!」
「あら、あんた私の分の肉は取り分けてくれなかったの?」
「姉さんは、自分で取ってるじゃないですか!」
まるで漫才のような、テンポの良い掛け合いをする二人。諒兄に異能力の話を聞いたら、兄弟間の仲が変わってしまうのではないかという考えが脳内を掠めた。
俺はその不吉な妄想を打ち消すように肉にかぶりつく。それは過去に食べたどの肉よりも柔らかかった。