第三話
「い、異能力者……?」
女神のように美しい彼女が、地面から生えた二つの手によって地面に引きずり込まれる光景を一部始終見終えた俺は、その場にへたりこみ、彼女から聞いた言葉を復唱していた。
彼女が言った異能力者とは“ 手から炎が噴出する”とか“ 体がゴムになる”とかの、能力を持つ人のことだろうか。
正直、信じられなかった。彼女は嘘をついているんじゃないかと、心が疑っていた。だがそれでは、地面から生えてきたあの二つの手について説明することができない。
異能力があると、異能力者がいると、認めるしかないのか……
遠くから呻き声が聞こえた。その方向を向く。そこには顔をうつ伏せにして倒れる倭毘がいた。追いかけてこないと思ったら、ずっと転倒したままの状態でいたのか。
小走りで倭毘の所に向かう。倭毘はうつ伏せのまま荒い息を吐いていた。まさか体調が悪いのか。
倭毘の体を上に向かせ、「大丈夫か!?」と声をかける。閉じていた倭毘の目がうっすらと開いた。瞳孔は何かを探し求めるように忙しなく動いている。
「お前……もしかして目が見えないのか!?」
首を縦に振る倭毘。なんてことだ。俺が目を離していなければ、倭毘は失明するなんてこともなかったかもしれないのに。
「取り合えず救急車をーーー」
「ま、待て……」
救急車を呼ぼうとした俺を倭毘が制した。
「どうした!?救急車呼んじゃいけない事情でもあるのか!?」
叫ぶようにして、俺は倭毘に問う。
「ああ……俺はただ……」
虚ろな視線を空中に這わせながら次の言葉を紡ぐ倭毘。
「腹が減っただけだ…………おい……何か食い物……」
☆
地面に積もった枯れ葉を飛ばす冷たい風。なびく俺の黒髪。
俺は倭毘と共に公園のベンチに腰掛けていた。
「おお。この魚旨いな」
ハイペースで俺のお袋が作った弁当を食う倭毘。
腹が減ったと言う倭毘に『そんなこと言ってる場合か』と思いながらも弁当を差し出すと、獲物を見つけた肉食動物のように素早い動きで弁当をパクられたのだ。見えなくなっていた目は弁当を食べたことにより回復したらしい。
それでもいきなり倒れたというのに変わりはないので病院に行くのを勧めたが、本人が拒否したのであまり深入りしないことにした。もしかしたら、倒れたのは今回だけではないのかもしれない。
倭毘の弁当をちらりと一瞥した。先程まで半分以上あった弁当はもうブリの照り焼きを残すだけになっている。
「ほんとこの魚旨いな。シャケか?」
「ブリだ」
色で分かると思うのだが。
「旨いなあブリ」
ブリの照り焼きを「旨い」と連呼しながら口に運ぶ倭毘。その光景を見て口角が上がった。
俺の両親は海鮮小料理屋を営んでいる。俺のお袋の料理を誉められたということは、うちの店の料理が美味しいということだ。客に料理を誉めれて喜ばない料理人はいない。
「流石料理屋だけあるな」
「だろ……って、え?なんでうちの家が料理屋だって知ってんだ?」
倭毘に俺の家が料理屋だと言った覚えはない。
「知ってるに決まってるだろ」
何を当たり前の事を、とでも言いたげな目線を送ってくる倭毘。
覚えていないだけで、俺と倭毘は昔どこかで合ったことがあるのだろうか?こんなインパクトが強い奴を忘れるなんてことは無さそうだが。
「お前……まさか俺のこと知らないのか?」
「ああ」
「どうりでお前の反応がおかしいわけだ……」
倭毘はため息をつくと、手に持っていた弁当の容器をベンチの端に置き、引き込まれそうになるくらい深い青色の瞳で俺を見つめた。
「俺の名前は倭毘颯雅。颯雅と呼んでくれて構わない」
「わ、分かった……俺は建速津誠だ。よろしく」
颯雅の妙にかしこまった態度に、拍子抜けした俺は軽く会釈した。
「さてと……今からお前に言わなきゃならんことがある。驚くような内容ばかりだろうがツッコミは程々にしてくれ」
「分かった」
「早速だが、お前は異能力者という言葉の意味を知っているか?」
異能力者。他人からそのワードを聞いたのは、今日だけで二回目だ。
「魔法みたいな、不思議な能力を持ってる人のことか?」
「そうだ。知っているなら話は早い。この世界には異能力者という者が存在しているんだ」
鋭い光を放つ双眼で俺を見る颯雅。目の前の男が言ったことに嘘は無さそうだった。
崩れて行く。俺が生きていた十五年の間に培った常識が……
「驚かないんだな。俺が話す前に、天月あたりに入れ知恵されたか」
「天月?」
「お前を狙っていた女の名字だ」
天月───女神のように華美な彼女にぴったりの名字だ。
「知り合いなのか?」
「俺が一方的に知っているだけだ。天月の家系は有名だからな。まあ、そんなことはどうでもいい。ところで建速津、俺が倒れた後に天月はお前に近づいてきたか?」
「いいや」
「そうか、ならよかった。天月はお前の髪の毛……DNAを欲しがっていたみたいだからな。きっとあいつの異能力の発動にはDNAが必要なんだろう」
天月の異能力。てっきりあの二つの手を操るというのが、彼女の異能力だと思っていたが違うのだろうか。
颯雅に質問しようと思ったがツッコミは程々にしろという言葉を思い出し、開きかけた口を閉じた。
「異能力者がいるというのが世界中に広まっていないのは、『異能力管理党』が存在しているお陰だ。異能力者が犯罪を犯したりした場合の事件の揉み消しとか地味なことを色々やっている」
「異能力があるって世界に公開することはできないのか?」
「はあ?お前、何を言っているんだ?その脳に収まってるのは砂糖の塊か何かか?」
俺にあからさますぎる嫌味を言った颯雅は、大声で捲し立てた。
「世界に異能力のことを公開したらどうなるか分かるか?まずは、詐欺が今までにないくらい増えるだろうな。誰だって特別な力が世に存在するとなれば欲しがるだろう。その欲望につけ込んだ詐欺が大流行する。それだけじゃない、異能力者は我こそが正義とばかりに、異能力を持ってない奴を苛め、非難し始める。下手すりゃ財政はひっくり返り、異能力者だけが人権を認められるような世界に変わってしまうだろうな」
「そんな……」
「異能力というのはそれだけ強力な力なんだ。それを覚えとけ」
にべもなく言った颯雅は、ベンチの端に置いていた俺の弁当箱を重ね、風呂敷に包んで差し出した。
「弁当、旨かった」
俺はその弁当箱を受け取り、地面に直接置いていたリュックサックにしまった。
「じゃあ、俺はこれで」
隣の颯雅が立ち上がった。
「ちょっと待ってくれ」
「なんだ」
「颯雅は何で俺に異能力のことを教えたんだ?俺は異能力なんて持ってないぞ」
立ち上がった颯雅の手首を掴んだ。
颯雅は先程、世間に異能力を公開してはいけないと言った。その颯雅自身が、異能力を持っていない俺に異能力の話をするのはおかしい。何かあるのだろうか?
「確かにお前は異能力を持っていないが、お前の身内には異能力を持っている奴がいる」
「お、俺の家族に!?」
初耳だった。異能力者がいると聞いた時以上の衝撃が俺を支配した。
「異能力者が産まれると、その異能力者の遺伝子を持った者にも異能力が目覚める確率は高くなる。異能力を持ってる奴の殆どが生まれつきだが、稀に年をとってから異能力が目覚める奴も存在するからな」
「つまり、俺の家族に異能力者がいるから俺にも異能力が目覚めるかもしれない……ってことか?」
「そういうことになる」
颯雅の手首を離すと同時に、強い風が吹いた。大量の枯れ葉が飛んできて、俺と颯雅の体を攻撃する。
「今度こそ俺は帰るぞ。お前の弁当だけじゃ俺の腹は満たせん。天月の荷物はお前に任せた」
「待て!!」
「まだ何かあるのか?貪欲な奴だな」
「颯雅はどうして俺に構うんだ?」
これだけ異能力のことを知っているので颯雅が異能力者というのは、ほぼ確定していた。分からないのは俺に構う理由だ。
「答えたくない」
言葉と同時に、颯雅は俺を睨み付けた。
「答えたくないって、おい……」
「じゃあな」
俺の言葉を無視し、公園の出口に歩いていく颯雅。
あれだけ激しく吹き荒れていた風は、颯雅の異質なオーラに気圧されたかのようにピタリと止まっていた。
バカガミ!!読んでいただきありがとうございます。
家の事情で投稿するのが遅くなってしまい申し訳ございません。
これからも頑張りますのでよろしくお願いします。