アンラッキー
私はどきどき不思議な夢を視る。
全速力で自転車を漕いでいる知らない少年が勢いよく転落する夢。知らない女の人がいきなり路上で倒れる夢。日によって視る夢は様々だ。
そして夢で視たことは、近い未来に再現される。
この現象の事を“予知夢”と呼ぶらしい。小学校の図書館に置いてある、魔法使いの女の子が主人公の本にそう書いてあった。
“予知夢”という現象が起こるようになって、私は最初すごく誇らしく感じていた。他人にできないことが私にはできる。その優越感に浸っていた。
だが、日が経つとその気持ちもだんだん薄れていった。私が視る“予知夢”は全て不運なものばかりで幸運な“予知夢”を視ることはなかったのだ。
───またそうやって騙すつもりかよ!
───そんなお化けいるわけないじゃん
小学校四年生の時、クラスで“魔女”と呼ばれている雫という名の女の子がいた。その子は占いや怪談の本を好んで読んでおり、クラスメイトの運勢や学校の怖い話などを皆に話していた。
ことあるごとに『それはお化けの仕業です』などと言うので、クラス内でその子は気味悪がられ孤立していた。また、苛めも頻繁に起こっていた。
そして私は、その女の子を見て見ぬふりしながら人生を歩んでいた。
☆
雪もちらほら降るようになった小学校四年生の十二月前半。
私は一番の親友がリムジンバスに轢かれて死ぬ夢を視た。
今まで数多くの“予知夢”を視てきたが、人が死ぬ夢を視たのは初めてだった。
悲劇を未然に防ごうと、いつもより親友の行動について回っていたのだが───無駄に終わってしまった。
学校からの帰り道の途中、リムジンバスが歩道に突っ込んできた。親友は即死だった。
対する私は奇跡的に身体は無事だったが、心に受けた傷はどうしようもなく深かった。
リムジンバスから降りてきた男の人は、血塗れの親友をちらりと一瞥した後、どこかへ電話をかけ始めた。人を一人殺してしまったというのに、その落ち着きようは些か不気味だった。
男の人はリムジンバスを置いたまま去っていった。
私は事故現場の近くに住んでいる叔母と共に、自分が住む家へと帰った。両親は、親友の血を浴びた私を見て顔を青ざめさせ「怖かった、怖かったよね。もう大丈夫だからね」と言って私を抱き締めた。
翌日、学校に行くとクラスメイトが揃って私の元に訪れた。全員、両親と同じような言葉を並べていた。
皆の言葉を聞いて安心する自分がいた。親友が死んでしまった悲しみよりも、不幸を生み出す私の秘密がばれていないことに安心した。
───なあ俺、思ったんだけどさ。遠山を殺したのって魔女じゃね?
給食を食べ終わった後の昼休みに教室で、永瀬という一人の男子生徒が死んだ親友の名前を出した。
───何でそう思うの?
クラス一の秀才である恵美が疑問を口にした。
───俺、見ちゃったんだよ。一昨日魔女が遠山と一緒にいるのを
───別に普通のことじゃん
───それだけじゃない。魔女が遠山に本を渡してたんだ。スッゲー分厚くて黒い本をな。俺はそれが呪いの本だと思ってる。人を殺す願いをこめた呪いの本だとなっ!
永瀬が魔女と呼ばる女の子───雫を指差し高らかに笑った。
そんな呪いあるはずない───言えなかった。“予知夢”というものがあるのなら“呪い”があっても不思議ではない。
───そんな本持ってないです……
雫が蚊の鳴くような声で呟くようにして言った。
───ああ?何言ってんのかわかんねえよ!
永瀬が雫に近づき座っていた椅子を蹴った。椅子から落ちる雫。
誰も止める者はいなかった。クラスのリーダー的存在である永瀬に逆らったら、次は自分が苛められると分かっているのだ。
───井ノ原!松居!こっちこい!
ギャラリーと化していた永瀬の取り巻きの井ノ原と松居が弾かれたように永瀬のもとに駆け寄った。
───魔女を押さえつけておけ!
二人は言われるがままに雫の体を押さえつけた。
───今から魔女の処刑を始める!
右手を高らかに掲げ“宣言”した永瀬は、雫の机の中を漁り何冊かの本を取り出した。
───な、何するんですか……?
雫は怯えながらも永瀬に問う。
───お前が一番やってほしくないことをやるんだよ
唇の端を吊り上げる永瀬は、言うが早いが机の上に置いた本のページを破り始めた。教室の床に散らばる紙切れ。
───止めてっ!!
永瀬の行動を止めようと、二人の腕の中でもがいた雫だったが抜け出すことはできなかった。
その事件が起こった当日、雫は死んだ。学校の屋上から飛び降りたのだ。
大粒の涙を流しながら「止めてっ!!止めてよ!!」と叫ぶ雫の姿が今も目の裏にこびりついて離れない。
私は私の“予知夢”のせいで人を二人も殺してしまった。
自分は存在してはいけない人間だと思い、自殺しようと試みた。だが、できなかった。カッターナイフを胸に当てようとしても、睡眠薬を大量に摂取しようとしても、結局は死ぬのが怖くて動けなくなるのだ。
死にたくても死ねない。そんな日々が続いて六年がたった。
あれ以来、人が死ぬということはなかったとはいえ“予知夢”はまだ健在だ。知り合いの人も知り合いでない人も平等に、不幸の底に叩き落としていた。
いつか“予知夢”がなくなってくれたら───か細い希望の光を抱きながら私は今日も生きている。
バカガミ!!を読んでいただきありがとうございます。
今回から新しい展開に入っていきました。
前の話と比べるとだいぶ毛色が違うと思いますが、別に変なものを食べたとかそういう訳ではありません。通常運転です。
また、今回から題名が変わり『バカガミ!!』から『バカガミ!!─絶対的不能神─』となりました。
これからも頑張って書き続けますので宜しくお願いします。