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バカガミ!!─絶対的不能神─  作者: 柴崎直哉
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第九話

「ふうーーー!いい湯だった!!」


いい年したオッサンのようなセリフと共に両腕を伸ばす。風呂場からこのままリビングに行き、牛乳でも飲みたかったが()めた。諒兄(リョウニイ)に俺が風呂から上がった事を伝えなければならない。俺の兄はよく、部屋でヘッドホンをして音楽を聞いているのでここからの声は聞こえないのだそうだ。


真冬なのにもかかわらず素足のまま階段を上がった。今の俺は風呂に入って体が暖まっているので、足の裏がひんやりとして逆に気持ちいいくらいだった。


階段を上りきると、小声が俺の耳に流れ込んできた。諒兄の部屋からの音ではなく俺の部屋からの音だ。


不審に思い、諒兄の部屋に行く前に俺の部屋に寄ることにした。自室の引き戸を引く。中には誰もいない。


窓に近寄ってみるが外からの声でもない。次に自分のスマートフォンを見てみたが、動画が再生されているわけでもなかった。


けれども廊下にいる時よりも音は大きくなっていたので、この部屋から音が聞こえているのは間違いなさそうだ。


その後も音の発信源を探したが見つからなかった。途方(トホウ)に暮れて、引き戸の横の棚の上に置いている水槽に近づく。


水槽の中では通称“流氷(リュウヒョウ)の天使”─────クリオネが水中に身を踊らせていた。


このクリオネは市場で売りに出されていたところを買ったものだ。一匹千五百円。計五匹買ったので七千五百円というかなり高い値段。けれどもその魚がクリオネだということを考えるとそこまで高くないんじゃないかとも思えてくる。


クリオネはその美しい容貌(ヨウボウ)から、飼育に手間がかかると思われがちだが、意外とそうでもない。餌代がかからないので、水温と水の量と綺麗な海水を入れるということに気を配っていれば、誰にでも買えるお手軽な魚だ。


ここから音が聞こえてくるなんてことは無いだろうと諦めていたが、意外にも音は今までこの部屋で聞いた中で一番大きくなっていた。この近くに音を出している機械か何かがあるのだろうか。


『ん?誠が近づいてきたよ?』


『何かあったのかしら?』


『異性に関する悩み事でも俺たちに話すってか?……全くこれだから、彼女いない歴イコール年齢の童貞(ドウテイ)はーーー』


「誰が童貞だっ!」


思わず話し声に反論する。ツッコんでから何かがおかしいと気づいた。水槽に耳を近づける。


『私たちの声、聞こえてるんじゃない?誠に』


『そんなわけないだろ』


『誠にそんな特別な力が目覚めるわけないクリよ』


話し声が一段と大きく聞こえた。どうやら話し声はこの水槽の中から聞こえてくるようだ。


おかしい。水槽の中にスピーカーを仕掛けている訳でもない。


一つの疑念が脳内に(ヨギ)る。それはどんどん頭の中を侵食(シンショク)していった。


思えば今日は、俺の人生の中でもトップを張れる程の異常な日だった。その異常がまだ続いているというのなら俺は───


『もしかして……誠は』


俺は───異能力者になってしまったのかもしれない。


『誠は……異能力者になっちゃったのかもしれないね』


俺と一匹のクリオネの思考が完全に一致した。


『まさか……!?』


『誠にその異能力が……!?』


『そ、そんな……』


頭に水槽の中にいるクリオネの言葉が雪崩のように流れ込んでくる。


クリオネと話すことができる異能力。俺にはその異能力が宿ってしまったのか。


「はぁ……」


落胆のため息をつく。異能力は異能力でも、もっと派手な異能力が欲しかった。


「おい、クリオネ。俺の声が聞こえてるんだよな?返事してくれ」


落ち込んでいてもしょうがないので、クリオネに問いかける。


『聞こえるよ……誠の言葉。理解もできる』


思春期前の少年のような声が、頭の中で響く。


『まさか……誠にその異能力が宿るなんて……』


一匹のクリオネが信じられないというような声を出した。


『驚いたな』


『誠に異能力が目覚めるとしても、その異能力は無いと思ってたんだけどね……』


他のクリオネも一匹のクリオネ同様、信じられないといった声色だ。


「俺の異能力、そんなに変わってる異能力なのか?」


興味津々でクリオネたちに聞いた。


『変わってるなんてもんじゃないクリ』


『そうよ。世界に一人しかいないのよ。その異能力を持つ人は』


「世界で一人しかこの異能力を持ってない?異能力者は皆、そうじゃないのか?」


少年漫画などの異能力バトル物で、同じ異能力なんてなかなか見ない。


『そういう意味じゃないんだよね』


「じゃあ、どういう意味ーーー」


窓の方から音がした。ガラスを叩いたような音だ。


俺は水槽から離れ、窓のところに行く。水色のカーテンを左側に寄せた。窓に映っているのは美しい銀髪を持つ女神のような少女。


「あっ、天月!?」


驚いて大声をあげた。クリオネたちは、まるでテレビに出ているアイドルと町中でばったり出くわしてしまったかのように、はしゃいだ声をあげている。


彼女はどうやって、三階である俺の部屋の窓の前に立っているのだろうかと不思議に思ったが疑問はすぐに氷解した。


俺の家の隣にある家には、誰でも上れる外階段がついていたのだった。鉄で出来ている階段は見事に錆び付いていて、人が上ると壊れてしまいそうなくらいだ。


親指が通るか通らないかくらいのギリギリの幅だけ窓を開ける。天月時織(アマツキシオリ)との接触を避けろと、颯雅(ソウガ)と諒兄に言われている訳ではないが、避けなければいけないのは二人の行動を見て分かった。


この隙間から天月時織が部屋に入ることは不可能だ。彼女が余程の怪力でない限り窓を開けられることもない。流石に彼女に力で負けてはいない筈だ。つまり、また彼女に髪の毛を奪われることはない。


「こんばんは」


天月時織の凛とした声が、俺の鼓膜(コマク)を心地好く愛撫(アイブ)する。彼女に会うと何故か顔が赤くなってしまうのだ。


「少しお聞きしても宜しいでしょうか」


始めて出会った時と同じようなセリフ。薄紫色の瞳で顔面を直視された。


「あ……ああ」


考えるより先に口から言葉が飛び出す。彼女に何かを聞かれたら、たとえ自分の秘密であっても暴露(バクロ)してしまいそうだ。


「貴方は異能力を持っているのですか?」


「え?」


「常人にはできないような変わった能力を持っているのですか?」


異能力という言葉の意味を完全に分かりきっていないと思われたのか、彼女が丁寧に異能力の説明をしてくれた。


あの“クリオネと話すことができる”というのが異能力であるというのは分かっていたが、彼女にそれを話すか迷った。正直、あんな地味な異能力を持っているということを彼女に知られたくはなかった。


答えない俺に痺れを切らしたのか、彼女が口を開く。


「たとえば……海の生物と話すことができるとか」


目を見開く。厳密にいえば違うが、彼女が出した例は俺の異能力と近かった。


「図星でしたか……」


俺の表情から何かを感じ取ったのか、彼女が顔を下方向に向ける。落胆しているように見えた。 


「何か問題でもーーー」


「その異能力を持っていることは他人に言ってはいけません」


俺の言葉の上から言葉を重ねる彼女。


「家族にも言ったら駄目(ダメ)なのか?そもそもなんで言ったら駄目なんだよ」


「家族にもです。言ってはいけない理由は言えません」


彼女は真剣な表情で俺を見つめる。クリオネたちが言っていたように、俺の異能力はそんなに特別な異能力なのか。


「私はある理由があって貴方を狙っています。けれど、貴方がその異能力を持っているのなら話は別。私の命をかけてでも貴方をお守りしましょう」


窓ガラスに手のひらを付ける彼女。ガラス越しに、俺の手のひらと彼女の手のひらを重ね合わせた。


「あの時の私にはできなかった。けど、今の私なら……」


独り言を呟き、目に涙を浮かべる彼女。


彼女が俺を守ってくれる理由は分からない。また、訪ねようとも思わなかった。彼女に何か秘密があり、それを話したくないのであれば、もう何も聞くまい。


「……すみません。少し感傷的になりすぎてしまいました。私はもう帰ります」


「もう帰るのか?」


「はい。私は貴方に異能力の事を聞きたかっただけですから。ここにいることを他人に見つかっても困りますし」


「そうか……あ、そうだ。ちょっと待ってくれ」


不思議そうに首を傾げる彼女。窓から離れた。机の下にある紙袋の中から、彼女の鞄を取り出す。


「はい」


少しの隙間しか開けていなかった窓を全開にし、鞄を渡した。


「ありがとうございます」


恥ずかしそうに頬を赤らめる彼女。彼女のそんな表情を見るのは初めてだった。


「ここで私と会ったことは誰にも話さないでくださいね。私と貴方だけの秘密です」


秘密という言葉にドキリとした。生まれて初めてする女子との秘密の共有に胸が高鳴(タカナ)った。


「さようなら」


彼女はそう言うと(ナメ)らかな銀髪を(ナビ)かせながら、階段を降りて行く。窓の外には光輝く満月が映っていた。

バカガミ!!を読んでいただきありがとうございます。

今回は主人公の建速津誠の一人称です。

分かりにくくてもうしわけございません。

これからも頑張って執筆していきますので、どうか宜しくお願いします。

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