リアルライ
俺、建速津誠は砂浜に立っていた。鼓膜には波の音が絶え間なく響いている。
音が聞こえてくる方向に体を向けた。月明かりに照らされる、この世の全てを飲み込んでしまいそうな程広い漆黒の海。
この場所がどこなのか、どうやってここまで来たのか俺には分からなかった。
今日は朝起きて学校に行き帰ってきた後、晩飯を食べ風呂に入って、ゲームしてから寝るというなんの面白味もない平凡なスケジュールをこなした。海になんて行っていないし、そもそも今は一月なので海に行くこと自体おかしい。
ならば、これは夢だろうか。それならば全てのことに説明がつくが……
目線を下に落とした。俺が立っている砂の中には貝殻や石が所々に混ざっていた。夢というのはこんなにもリアルを再現出来るものなのか?
「────はどこに行ったんだ」
「君が──────」
ここが夢の中なのか現実なのかまだはっきりと分かっていない俺の耳に、断片的な人の話し声が聞こえてきた。話し声が聞こえる方を向く。
そこには二人の人物が立っていた。
一人は短い黒髪に奥二重の黒色の目を持つ十歳くらいの少年。その少年を俺は見たことがあった。
見覚えがあって当然だ。少年は───昔の俺なのだから。
今起こっていることのいっさいは夢だと確信した。現実に俺が二人いる訳がない。
もう一人、少年の近くに立っている人を見た。膝下まである黒いマントを着こなし、マジシャンのような、高さがある黒い帽子を被っている。
更に異様なのは顔を覆っている不気味な仮面だ。その仮面は半分白、半分黒で色分けされていて、白色の方には笑った顔、黒色の方には悲しそうな顔が仮面の真ん中で繋がるようにして描かれていた。
性別も年齢も分からない謎の人は、少年に向かって何かを構えていた。
構えているものを見て背筋が凍る。あれは、あれはまさか……
「あ…………うあ………」
少年は構えられている物体を見て、恐怖で立っていられなくなったのか砂浜に尻餅をついた。まともに叫び声をあげることもできず、口からは意味不明な言葉を漏らしている。
怯える少年との距離を詰めた謎の人は、少年の小さな口内に、構えていた物の先端をを捩じ込んだ。
構えていた物───拳銃。
「やめろおおおっっっ!!撃つなあああっっっ!!」
大声で叫んだ。二人のもとに行こうとした。だが、足はピクリとも動かない。
己の両足を凝視する。膝から下が透明になっていた。
あり得ない人体の変化に、思わず「ひっ!」と悲鳴をあげる。
どうして俺の足が無くなっているんだ!?どうして足がないのに俺は立つことができているんだ!?
脳内を満たすビックリマークとクエスチョンマーク。既に俺は、これが夢だということを忘れていた。
透明化は徐々に進行する。この短時間で、太股の中間地点まで透明になり見えなくなった。
その変化は下半身に留まらず、上半身にも現れ始めた。指先から体の中心部に向けて、透明化は俺の体を蝕んで行く。
このまま何も出来ないまま、俺は消えてしまうのか?……
「君は勇気に溢れている。いいね!そういうとこ嫌いじゃないよ!」
俺の体に向けていた意識が、銃口を無理矢理、口の中に突っ込まれた少年と突っ込んでいる謎の人に移る。声色と口調からして謎の人の性別は男のようだ。
男は少年と会話をしていた。いや、会話ではない。男がただ一方的に少年に話をしているだけだ。
「本当に残念だな。君と、もう別れなきゃいけないなんて……」
俺の体を鳥肌が埋め尽くした。仮面を被っているので男の表情を窺うことは出来ないが、あいつは薄気味悪く笑っているに違いない。何故だかそんな気がした。
少年は涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を俺に向ける。すがるような少年の視線。思わず目を背けた。
そんな目で見ないでくれ。俺は無力なんだ。お前を助けることは出来ないんだ!
「どこを見ているの?」
少年が見ている方向を不思議そうに見る男。どうやら男には俺の姿が見えていないらしい。
「怖さのあまり幻影でも見ているのかな?けど、残念なことに、そこには誰もいないよ。君を助けてくれる人なんてここにはいないんだから」
吐き捨てるように言った男は、指をトリガーにかけた。諦めたような少年の表情。胸が締め付けられた。
俺の瞳に映る風景がだんだん霞んで行く。この世界に俺が存在できる時間は、もう残り少ないのかもしれない。
「また来世で会おう。それじゃあ、バイバイ」
別れの言葉を少年に告げる男。乾いた銃声。映画などで耳にする発砲音とは違う音だった。
靄がかかったように見えなくなっていた視界の一部分だけが鮮明になる。クリアになった空間には、後頭部を真っ赤な液体で染めた少年がいた。
「う、うわああああああっっっ!!」
普段目にすることがないグロテスクな光景を見て、俺はみっともない悲鳴をあげた。
俺のことを見つめる少年。その瞳に映っているのは諦めの色ではない。失望の色だ。
目があった瞬間、俺の視界から少年が消えた。ずっと一定のリズムで鼓膜に響いていた波の音も聞こえなくなった。
───どうして助けてくれなかったんだ
俺がここから消滅する直前、そんな少年の心の声が直接、脳に届いた。
☆
目を開いた。心許ない外の光が射し込む窓。置かれている物の輪郭が辛うじて分かる暗い室内───俺の部屋。
一瞬、何が起こっているのか分からなかった。時間がたつにつれて、あやふやな意識がハッキリしたものになる。
先程まで俺は夢を見ていたのだ。昔の俺が何者かに殺される夢を。
体が震えた。夢を見ていた時と同じような薄暗い所にいるというのが、恐怖心に拍車をかけた。布団から右手を出し、枕の横に置いてある照明のリモコンを手探りで探す。手の甲に固い感触。それを掴み、適当なボタンを押した。
室内が一瞬にして明るくなる。眩しさに瞼を閉じたが、数十秒後には光に慣れたので目を開いた。安堵感が胸の中を満たす。
白色に近いクリーム色の天井を見つめる。また夢の内容を思い出してしまったが、もう恐怖心は湧いてこなかった。
そう。あれは夢だ。明日が高校受験なので、きっとその恐怖が夢に出てきたに違いない。受験に対する恐怖と殺されるという恐怖が同レベルなのは少しおかしいような気がするが。
俺は「受験、頑張るぞ!」と自分自身に言い聞かせた後、部屋の照明をつけたまま、布団の中で目を閉じた。
バカガミ!!を読んで頂きありがとうございます。
書き直すと宣言してからの初めての投稿です。
出来るだけハイペースで投稿するよう心掛けますので、これからも宜しくお願いします。




