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第9話 意図しないスクランブル

 一行が旅を続けていると、ある日一つの街に辿り着いた。家々から漏れる蝋燭の灯りと満月の注ぐ蒼い光が街を浮き上がらせ、幻想的な雰囲気をそこにもたらしている。白の街が月光を照り返し増幅させ、蝋燭がそこに橙を落としむことにより、まるで巨大なスノードームのような空間をそこに作り上げているのだ。驚嘆すべきその異空間は辺りの草原や山脈との隔絶を成功させ、野蛮との対比を見事に具現している。その一体感は、美的センスや文化や経験や教養や宗教などの差異を取り払った。


「綺麗ね」


 エロスが驚いて少女を見る。


「珍しいな、お前が物を褒めるなんて」


「褒めてるつもりはないわ、ただそう思ったから言ったまでよ」


 少女は丁度月に嫌気がさしていたところだったので、その町で宿を探すことにした。正門をくぐって中に入る。


 大通りをしばらく歩いて行くと、広場に出た。背の高い噴水があって、水が絶えず溢れては零れ落ちている。


 少女は吐き気を催した。


 水流が、月光を静かに照り返していたからだ。


「流体が月光を受け照り返す、なんと身の毛のよだつこと! 形を持たない彼ら、水よ、どうしてそうも誇らしげなのだ?」


 少女――中間者が吐き気を堪えつつ、道を進もうとすると、目の前を自動車が通った。赤の軽自動車だ。はて、と首をかしげる中間者だったが、辺りを見渡して気づいた。蝋燭と月光だけだった灯りが、今や白熱電球の光を浴び、赤青緑のネオンに晒されているのだ。しかも、街中を歩く人は先ほどまでヨーロッパ貴族風の格好をしていたのに、いつのまにやらTシャツやらジーンズやらで身を着飾っている。


 どういうことかと唸っていると、街の奥の方から、鎧に身を包んだ一団がやってきた。黒髪の少年と金髪の少女が、それを引き連れているようだ。


「ケイト、これが最後の戦いだ」


「うん、ハヤト。頑張ろう」


 中間者は腕を組み、訝しげにその光景を見る。


 つんざくような鳴き声がした。空を見上げると、羽の生えた人間達――伝説に言うサキュバスやインキュバス、ヴァンパイアなど――が、大軍を成して飛んでくる。程なくして雄叫びが上がり、彼らは急降下してきた。


「魔道士は詠唱を始めろ! 戦士は剣を抜いて戦闘準備!」


 少年が叫ぶと、大人達は命令通りに動きはじめた。


「なんであいつらはあんな子どもの言う事を聞いてるんだ? 弱みでも握られてるんだろうか」


 エロスが不思議そうに言っていると、エロスのすぐ側を火球が通り過ぎた。エロスは縮み上がる。


 もう戦闘は始まっていた。


 布切れをまとった人々が空に木の棒を向け、魔法を使っている。火球や閃光が射出される。羽の生えた人間達もそれに対抗する。戦士たちは地上に降りて来た敵と剣を交え、血が飛散する。


 中間者が様子を見ていると、戦士たちが何やら目配せをしたのに気付いた。中間者は顔を歪める。次の瞬間、戦士たちは剣を捨て、懐から銃を取り出していた。乾いた銃声と共に、戦士たちが優勢になる。


 魔道士達も同じ類だった。彼らは目配せをすると木の棒を捨て、懐から、四角いプラスチック製のコントローラーを取り出す。各々がボタンを一つ押すと、どこからともなくミサイル弾が飛んできて、無数の爆発を敵陣に引き起こした。羽の生えた人間たちが、煙の尾を引いて地に落ちて行く。



 なんだこれは。



 中間者が唖然としていると、一団を引き連れていた少年が、剣を空に突き刺すように掲げた。剣先から眩い光が発せられる。途端に視界が青白く染まり、敵のもがくような悲痛な声が響き渡った。視力が回復した頃には、敵の姿は跡形もなく消滅していた。


 戦士たちは勝利に沸く。金髪の少女が少年に抱きつき、少年は照れ笑いして頭を掻いた。


 中間者は冷ややかな目で彼らを一瞥(いちべつ)すると、辺りを見る。銃に撃たれて亡骸となった通行人や、爆発に巻き込まれ四肢を吹き飛ばされた一般人が、戦士たちに悲痛な声で訴えていた。しかし、彼らは声を無視する。


 いや。


 無視しているのではなく、聞こえていないのだ。それだけでなく、彼らには被害者の姿も見えていない。彼らがいるのは、輝かしい功績を讃える絵画の中なのだ。


 中間者は、すぐにその場を立ち去ろうとした。が、少年に呼び止められて足を止める。


「おい、大丈夫だったか? 」


 中間者は無表情で振り返り、


「何がだ?」


「何がって……お前武器何も持ってなかっただろ? 戦えたのか?」


 中間者はそれを鼻で笑った。


「戦う? お前はあのままごとを、戦いだと思っているのか? お前はどこまで阿呆なのだ、転生した者よ」


 少年は中間者の口調がツボにハマったのか、口を抑えて込み上げる笑いを必死に堪えている。中間者は少年を睨んだが、それ以上のことはしなかった。タナトスが残念そうに口を萎ませた。


 少年はにやけながらも、中間者をキラキラとした目でみつめる。


「お前さ、なんで俺が転生したって分かったの? あ、もしかしてそういうチート能力? お前も転生した感じ?」


 中間者は一瞬青ざめ、また表情を無に戻した。中間者は問に答えず、ただ噴水の縁に上がり、話し始めた。


「お前達は何も知らないのか? なぜお前たちが戦うのか、お前たちはなぜ正義なのか、この街がなぜここまでに混沌なのか? 全て必然だと思うのか? 転生した者よ、お前はどう思う?」


 少年は困ったように肩をすくめた。


「俺はアークっていう神に言われてここに来ただけだぜ? 俺はあいつの言うとおりにするだけだ、そんなこと聞かれても答えようがない」


 今度は中間者が肩をすくめた。


「残念だな転生した者よ、お前はお前自身を転生した者にしてしまったようだ。お前はそんな陳腐な者か? ただ神に導かれるままにしてこの混沌に舞い降り、己の光で悪を照らす、そんな普遍の代行者で満足か? ああ、転生した者よ、お前は転生した者ではないのだ。自らを重い石としないでくれ」


 少年が首を傾げていると、金髪の少女が耳打ちした。少年はそれを聞き、納得したように頷いた。


「だけど、俺は一回死んでるんだ。トラックに轢かれて。俺には、今この道しか残されていない」


「ほう。何故そう思う? お前は一度死んだのだ(・・・・・・・・・・)、これから何度でも死ねるのではないのか? お前は今死を恐れてはいないだろう」


 少年は眉間にしわを寄せた。


「死ぬのは怖い。当然だ」


「だが、死ぬときに痛みは無かったはずだ。ではなぜ恐れる?」


「なんというか、漠然としたものに対して」


「一度経験したのに? その漠然とした物は解決されなかったのか? まったく嘘も甚だしい、お前は死を恐れていないのだ。お前は一度死んだことに味をしめ、無意識に死を軽蔑している。なんと、神の汚染は、毒はすさまじいものか!」


 中間者はそこで一度息を吐いた。


「さて、話を初めに戻そう。お前は神の言うとおりにするだけだと言ったが、それが達成されればどうするつもりだ? お前は死んだのだろう? もうもとの世界には戻れまい」


「アークからの指示を待つさ。俺ができるのはそれくらいだし」


「そうか、呆れたものだ。神は死んだというのに」


 それには少年だけでなく、会話を聞いていた他の人々も困惑した。


「神が死んだ? そんなわけないだろ?」


 事実だと、中間者は淡々と告げる。


「いや、嘘だ。俺達は神を信じてる。俺達が信じる限り神は存在するはずだ――」

「口を噤め阿呆が。私が手を下さずとも、もう既にあの神は死んでいた。殺されていたのだ。お互いがお互いを腐敗させる、なんという猛毒。神はそれを発しているつもりだったが、自らも毒されていた、そしてついに毒殺されてしまった。私はただその亡骸を葬っただけだ」


 彼らは中間者が神を殺したこと以上に、自分達がそれに加担していたことへショックを受けた。


「じゃあ、俺はどうすればいい? 神がいなくなったら、俺はこれからどうすれば?」


 中間者は悟らせるように少年を見た。少年はばつが悪そうに目を逸らす。


「ああ、確かに、聞くまでもなかったよ。でも、神がいなくなったらこの世界は滅んじまうんじゃないか? どうせ他の神も既に死んでるって言うんだろう?」


 中間者は嬉しげに口角を上げた。


「その通りだ。だが、死んでいない神がいる。そもそも、神として認知されていない存在だ。それは、<神>という」


「カミ? 神とまったく一緒じゃないか」


「同じではない。<神>は全ての決定者であり、全ての模倣者であり、全ての創造者であり、無限だ。――思わなかったか? この街は明らかにおかしい。真と偽が重なり合い、生と死が折り合い、肯定と否定が肩を組み、高と低が一致しているような、明らかな矛盾がある。肯定の中に否定があり、否定の中にまた肯定があるような、否と否とのいたちごっこがあるのだ。これをおかしいと、思わないのか? お前たちは夢の中にいるのか?」


 その問いには、少年でなく金髪の少女が前に出てきた。


「おかしいとは思いません」


 中間者は金髪の少女を睨みつけるようにして観察した。


「お前は転生した者ではないだろう? 水よ」


「はい、違います。ですが、私はこの街をおかしいと思った事は一度もありません」


「では、周りの人間の服装が瞬く間に変化したり、照明技術が変化したりするのはどう説明する?」


 金髪の少女は首を傾げた。


「そんなこと一度もありませんよ? 流行はもちろんありますけど、照明技術は今も蝋燭が主流ですし。変化したなんて話聞きません」


 中間者が街を見回すと、ネオンや白熱電球は消え失せ、ほのかな蝋燭の光が家々に灯っているのみになっていた。人々の服装も、動きにくそうな貴族風の服に戻っていた。


「そう、そうなのだ。これが、これこそが<神>の強力な点だ。お前は私の言った通り、まさに夢の中にいる。ゆえに、私はお前個人に話をしない。私は全ての民衆と話をする」


 そう言って民衆を見渡し、告げた。


「この街は、まさに<神>の実害を表している。そう、<神>ほど腐った物はない! 神を創りだす彼は、いささかの矛盾も整合としてしまう。しかも、それを無意識に行うのだ! 被害者のあなた達、水よ、<神>を見、そして<神>を軽蔑するのだ!」

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