第6話 毒
しばらく経って騒ぎが忘れ去られた頃、少女は再び街に赴いた。
エロスが尋ねる。
「またそんな破廉恥な服を着て、人通りの多い場所に立つつもりか? 今度こそ捕まるぞ」
少女は表情を変えることなく、極めて冷静に答える。
「安心しなさい、二度とあそこに立つ気は無いわ。訴えかけたところで、誰も話を聞きはしないもの」
エロスが黙り込み、聞こえるのはタナトスがカチカチと歯を鳴らす音のみになった。
街の中心部に着くと、少女は時計台にもたれかかった。大通りは相変わらず車が多い。しかしそれ以上に多いのは、信号を待つ人間たちだ。
「この中に人形はいくら居るのだろうか? いや、そうでない人間を数える方が早いか?」
少女が吐息交じりにそう漏らす。
「そりゃそうだ。このなかに性的嗜好を持たない人間はいくら居ると思う? 明らかにそれを数えた方が早い」
そう言うエロスは、通りがかった女性を舐めまわすような視線で見ていた。
少女が街の様子に飽きてタナトスを見つめ始めたとき、突然辺りが静かになった。少女は弾かれたように頭を上げ、周りを見渡す。道路に、車が一台も無かった。
「まずい」
そう呟いた時には既に、どこかから駆けだしていたのだろう一人の少年が、道路へ飛び出していた。
少女は苛立ちを顔に浮かべつつ追いかける。クラクションが鳴る。見ると、道路にトラックが現れていた。少年の方へ、スピードを上げながら猛進している。車輪は回転数を上げ続ける。しかし少年は逃げる事をしない。まるで子を迎えるように両手を大きく広げ、かの神を仰ぐように目を閉じ、まるで轢かれるのを望むようにトラックを待っている。
少女は、少年と爆走するトラックとの間に間一髪で割って入り、タナトスに命じた。
「食せ」
タナトスは巨大化すると、口を大きく開き、トラック全体をすっぽりと飲み込んでしまった。
少しの静寂があって、タナトスを見た人間たちは逃げ狂った。彼らは散り散りになって、その場には人がいなくなってしまった。
少年は膝を追って座り込んでいた。肩で息をしている。
「大丈夫か?」
少女が尋ねると、少年は顔を上げた。その目は憎悪に満ちていて、それに対して少女は、冷ややかな目を返した。
「なぜ道路へ?」
少年は答えず、よろよろと立ち上がって、その場を立ち去ろうとする。
「どこへ?」
覚束ない足取りの少年に尋ねると、彼は振り返り、こう言った。
「お前のせいで、向こうに行けなかったじゃないか」
少女は酷く傷ついた顔をした。少女は彼に同情したのだったが、少年は自分が人を傷つけられたのだと勘違いし、満足した様子で、その場から立ち去った。
静寂の中。再び打ち砕かれた理想。
少女は、一つの決意を胸にした。
「私は、タナトスを抱かなければ」