第5話 コピーと外見
少女は同じ街の暗い場所で、体を休めていた。遠くの騒ぎはある程度鎮まっている。きっと人々は何事もなかったかのように、道を行き来しているのだろう。人間の低次元さがよく窺える。少女はため息をつく。
そのまましばらくじっとしていると、ひゅうっと冷たい風が吹き抜けて、エロスが身を縮ませた。陰ったここは想像以上に凍える。少女が肌をさすりつつ辺りを見回すと、壁に子どもが落書きをしているのが見えた。二人とも幼い。6歳か、その辺りだろうか。左の子が大きく丸を描くと、それを見た右の子がその隣に、同じくらいの大きさの二重丸を描きあげた。
「おっぱいでも描いてるのかな?」
エロスが言う。
「多分、あの年齢じゃ乳房に興味はないと思うわ。なんの意味も無い、丸と二重丸でしょうね」
エロスは真面目に答えられて、つまらなさそうに宙を回り始めた。
少女が意識を向けると、左の子が右の子に、文句をつけているところだった。
「おい、おまえの絵、おれの絵と一緒じゃないか」
左の子は困ったように体をもじもじさせる。
「ぼくは真似してないよ。ほら、丸の中にもう一個丸が入ってる」
「でも、形が一緒じゃん。さっさとそれ消して、違うの書けよ」
左の子は言われた通りに二重丸を消して、違う形を描きはじめた。三角形の中に、三角形が入っている。二重三角形、とでも言うのだろうか、ともかくそれを左の子は書き、右の子に見せた。
右の子は満足して、何か別のことを話し始める。
少女はふふっと笑った。
「無邪気ね。最初の形も、二つ目の形も、彼の言う『一緒』なのに、彼は二つ目を異なる物とみなしたわ」
少女は不気味とも言える笑みを浮かべながら立ち上がって、二人の側に行った。
「ねえ、君たち」
二人はびくっと跳びはねた。大慌てで背中に落書きを隠し、警戒するように少女を見る。少女は安心させるように、優しく微笑んだ。
「私も混ぜてくれない?」
二人は年上から掛けられた予想外の言葉に目を丸くした。
「いいけど……」
「そう、よかったわ」
少女は答えを聞く前にはすでにチョークを取っていて、すぐ壁に図を描きはじめた。三角形、三角柱、四角柱、立方体、正方形。そこまで描いて、少女は二人に問うた。
「これらはみんな、同じ? 違う?」
二人はしばらく図形を眺めて、首を捻っていたが、
「違う」
と答えた。
少女は頷いた。
「そう、違う。でも、厳密に言えば、これらは同じでもあるの」
「嘘だい」
右の子が言う。
「まあ、確かにそう思うでしょうね。見た目はほとんど違うもの」
少女は二人の頭に手を乗せ、そして呪文のように呟いた。
「思え、思え」
右の子が不思議そうに尋ねた。
「それ、どういう意味だ?」
「言ってみれば、おまじないみたいなものよ」
それを聞き、右の子は納得したようだが、左の子は首を捻っていた。
それから中間者は右の子の耳に顔を近づけ、
「オリジナルなんてものはないの、思い上がらないことね」
言うだけ言って、少女は二人に手を振りその場を発った。