第2話 腹話術師たち
旅の道中に、人だかりがあった。
「なんだ? 女奴隷でも売られてるのか?」
そうエロスが気にするので、少女は人だかりを分け入って最前列に立った。
そこにいたのは、数人の腹話術師である。眼鏡を掛けた学生もいれば、赤子をおぶった女も、しわだらけの老人もいて、年齢幅広い。各々が人形を手に嵌め、口を一寸も動かすことなく劇を進行させている。どうやら今は、黒髪の少年が目の異様に大きい少女達にちやほやされながら敵を倒す場面のようだ。少女は、あまりにも幼稚なその劇に呆れる。劇から目を逸らすため周りを見渡すと、立ち見の観衆はほとんどが親子連れだった。ただ、連れられた子どもは大概が少年か青年と呼ばれる年齢で、幼稚に似合う小さな子どもは一人もいない。親と殆ど背の等しい子たちがこんな幼稚な劇を見に来るものなのかと、首を捻る。試しにもう一度劇を眺めてみたがやはり劇の内容は陳腐で、少しも経たずに退屈になってしまった。暇潰しにエロスとタナトスに話しかけようとするが、なんと二匹も劇に夢中になってしまっている。
少女は、重い溜息を一つ。劇を見届ける。
劇が終わると、人だかりはそれぞれ硬貨を置き散って行った。少女も渋々、要求されるであろう金額を支払う。さっさとその場を発とうとすると、男の腹話術師が話しかけてきた。
「女の子が来るのは珍しいんですよ」
と、唇を動かさず喋る。
「大体来るのは根暗な男の子ばっかりなので、嬉しいです」
人形の口が、台詞に合わせて開閉する。
「そう」
少女は相槌を打ちながら怪訝そうに人形を見て、それから男を睨みつけると、その手から人形を奪い取った。
「ああ、返してください!」
人形を盗られても、男は頑なに腹話術を続ける。これにはエロスとタナトスも、気味の悪そうな顔をした。
少女は男を無視して、人形をじっくりと観察し始める。
「何見てるんですか! 僕の人形に酷いことしないでください!」
喚く男の声を聞いて、仲間が集まってきた。間もなくして少女は腹話術師に取り囲まれる。
仲間の輪から老人が進み出て来て言った。
「お嬢さん、彼の人形を返してやってくれないかな」
これもまた、腹話術だ。
少女は老人を睨むと、彼の人形をも奪い取る。
その人形をまじまじと見、もうひとつの人形と比較したりしてから、少女は声高に言った。
「この糞ったれの腹話術師どもめ。くたばれ!」
突然の罵りに腹話術師たちは頭が追いつかず、目を丸くする。少女がその混乱に追い打ちをかける。
「この人形はなんだ? この偽善者どもが、劇を興じて人に幸福をやっているつもりか? 馬鹿だな。馬
鹿すぎる。お前たちはやっていることが何を意味するかが全く分かっていない」
腹話術師達は困惑している。
「まず、この人形の正体を問うとしよう。さあ、答えろ馬鹿ども」
腹話術師たちは顔を見合わせた。人形の顔も突き合わせる。
「正体も何もありませんよ。その人形は、街で買ってきたものです」
「嘘だな。お前たちが何者か、私は知っている。汚れた者ども」
腹話術師の体に汗が浮かんだ。
「では、私たちは誰なんです?」
少女は答えた。
「憎き<神>だ」
腹話術師たちは唇を噛んだ。少女は笑みを浮かべる。
「そう、お前達は<神>だ。――いや、<神>だった、が正しい。お前達は腹話術師を始めた時点で、<神>ではなくなっている」
腹話術師たちは頭を垂れた。
「その通りです。私たちは<神>だった存在だ」
そう、腹話術で答えた。少女は彼らの様子を見て、笑みを深くする。
「では、なぜお前たちが<神>でなくなったか、分かるな?」
腹話術師たちの中の、ほんの数人だけが頷いた。その内の一人が代表して答える。
「人を、人形に変えたからだ」
少女はそれだけ聞くと、人形を返した。
「もし心を改める気があるならば、これからは腹話術を止めることだ。そうすれば、罪は洗われるかもしれない。逆に、もしお前達が腹話術を続けるのならば、お前たちに真の創造は無いと思え。分かったな」
少女は旅を続ける。