第10話 太陽、月、腐敗
少年が言った。
「神も<神>も駄目なら、俺達は何を信じればいいんだ?」
それに、多数が頷く。中間者は答えた。
「世には<浄化された神>が来る。それを信じればいい」
「<浄化された神>? なんだそれ?」
「<浄化された神>とは――我らが望むべき存在だ。それは神でもなければ<神>でもなく、また我々の未熟な創造者でもない。それらを超越した、それこそ目指すべき存在である。彼らはそれになることができる。もし崇高な手筈を踏むならば」
「で、今それはいるのか? 死んではいないのか?」
「死んではいないが、生きてもいない。まだ存在しないのだ。存在させられるかは、我々被造物ではどうしようもない。我々を越えた者達、彼らがそれを決定する。<浄化された神>、ああ、我らが穢れなき太陽! 月を、夜を、水を滅する崇高な日の光よ! そうなれ、そうなればいいのだ! 思え思え、思え思え!」
山並みから、夜明けの白槍が投げられる。月はとうに沈んでいた。
*
中間者の話には、続きがあった。
「<浄化された神>には、相対する存在がいる。それはある意味、月とは別種の脅威だが、力は等しく強力だ。それは、排泄を行う<神>である。<神>が<神>を取り込み、その姿を濁りと不純に染めた<神>。私はそれを、最も酷く蔑視する。その存在は、もはや<神>とは言えないからだ。
だが、あばら骨や<神>は、その上辺を賞賛し、目を潰してしまう。目を潰すとは、そう、崇拝である。彼らはそれを異常なほどに崇拝する。そして偶像を、まるで光のように扱うのだ。だが、実際のところ偶像は光を背後に伴っていないし、その偶像にそれほどの価値はない。事実、目のある者からすれば、それが伴うのは光でなく、吐瀉物と排泄物だと判るだろう。だが、それに彼らは気がつかず、未だに発せられるのものが光だと勘違いしている。汚物は輝きようがないにも拘わらず、だ。彼らは言う、あなたの産み落とすものは全て素晴らしい、と。確かにそれは素晴らしいし、その点で彼らには目がある。しかしいくらその産み落とした物が素晴らしくとも、それはもう、とうの昔の排泄物なのだ。輝いてはいないのだ」
中間者は息を吸った。
「今、彼らは数を増し、また、そういう<神>も増幅した。排泄する<神>は、自らを穢れに染めようとして汚物を塗り込めたのではない。自身のその欲望、すなわち『自分を表に現し、王に近い所に座して人々からの“信仰”を集め、同時に彼らを軽視する』という欲望、そういった欲望をその<神>は迸らせ、知らぬ内に、自身を汚物で満たしてしまったのだ。つまり、それらの多くは蛙なのだ。そういった<神>は、盲目ゆえに、自らを奈落へ突き落し、亡者の楽園に身を浸してしまったのだ。ああ、哀れなことよ。
だが、そうでない<神>も居る。私が問題としたいのは、その、蛙でない<神>なのだ。おお、太陽の破壊者、月の使徒、それは向上しようとする<神>を取り込み、踏み台として、その崖を駆け昇ろうとする。卑怯な手を用い、その本来の崇高な目的を忘却した、もはや浄化されようがない、不純のなかの不純! なんと汚らわしい!
気をつけよ、その<神>に飲み込まれないよう。それは、甘い言葉で囁きかける――」




