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第1話 生と死の中間者

ここにいる全ての<神>へ捧ぐ……

 麗らかな夜に月は明るい。草花は手に露をたたえ、竹林はひっそりと眠り、桜は桃色の涙をはらりと落とす。いかにも「風流な」その景色は、物静かにそこへ佇んでいた。ここいらの人を捕まえてきて、この光景に意見を求めれば、素晴らしいだとか美しいだとか、口を揃えて絶賛するのだろう。しかし、ある少女は違った。彼女はそれを見るなり、「くだらない」と一蹴してしまう。そして敵意に満ちた目で、空に満ちた月を、恵まれた自然を見るのだ。

 冷血。

 一言で言えば、彼女はそれだろう。どこか自分を隠したような切れ長の目は、その鋭い眼光と同時に強い意志を感じさせ、細く整えられた眉は美しく、尖り気味の耳はエロティックで、死人のような白い肌は一種の芸術美を興じる。特にボブカットの黒髪は丹念に織り込まれた絹のようで滑らかだ。爽やかな風に揺れる様子は、さらさらという形容がよく似合う。

 少女はもう一度だけ、目の前の景色を見やった。


「これ、エロスはどう思う?」


 エロスとは、少女の左肩の上あたりに浮遊する、羽根の生えた白い球体だ。尋ねると、その球体に口が生まれる。子どもが線をいたずらに引っ張ったみたいな口が、パクパクと動き始めた。


「俺は綺麗だと思うぞ。お前の乳首並に」


 少女は失望の目で軽く流した。しかし恐らく、エロスの下品な発言に対しての失望ではない。混じるいささかの嫌悪もまた、思う何かへの失望なのだろう。


「タナトスはどう思う?」


 続いて右肩の球体に尋ねた。タナトスは悪魔のような羽根を持つ、黒い球体だったが、その球体の一部が剥がれ落ちて、これまた細長い口ができる。


「ふひっ、オレ、これ好きだ。ぐふっ、壊したい、ふふふ」


 少女は口元を若干綻ばせた。同意が得られて嬉しかった。


「なあ、お前はどう思うんだ? 『くだらない景色だ』なんて言わないでさ、ほら、なんか他にもあるんだろ? 思うところが」


 エロスが催促するように尋ねると、少女は止めていた歩を進め始めた。エロスは少女が答えないつもりだと悟って、恐らく頬であろう場所を、鳴き袋みたいに膨らませる。


「どこ行く? ひひ」


 タナトスが聞く。少女は一定の歩みの中で答えた。


「また旅を始めようと思って」


 少女は他の一切を見下すように微笑む。


「また? どうして?」


 エロスが驚いたように尋ねる。タナトスは理由がよく聞こえるよう、自身の耳を大きくした。

 少女は簡潔に答えた。


「<神>が増幅したからよ」


 タナトスは興奮に息を荒くした。エロスは驚愕した。


「<神>が? 神はどうなった?」

「神もいる。けれど、<神>も手がつけられなくなってきた。私が旅をせねば、<神>は人形を産み続ける」


 エロスとタナトスが沈黙すると、一陣の風が後方から吹いて来て、颯爽と脇を通り過ぎていった。涼しく、愛でるようで、後押しするような風だった。その風を胸の内に満たした少女は、まるで妖精が水上を歩くような美しい足取りで歩む。夜明けは近い。

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