◆◆狐火の提灯番外編◆◆ 化狐は思ふ
『提灯、狐火の、提灯を一つください』
『貴女の名前は……?』
『では、貴女の名前は灯です。今、僕が名付けました__』
〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜
瞼に差す暖かな日の光に気がつき目を開ける化狐__灯。
「……夢、か」
そう、灯は眠り、夢を見ていた。
いつかの古き日に山の中で出会った、己を恐れない不可思議な男の事を。
雪音と会ったことで思い起こされたのかの。雪の一族、名前に雪の字入れるかの家系とは縁がよく結ばれるものよ……。
__あの男の子も……そうだったのかの……?
そんな事を思いながら辺りを見渡す灯。
雪は溶けかかっており、時が流れたことを感じさせている。
木々の合間から差し込む日の光は灯の心を和ませた。
しかし。
昨日のことのような少女との出逢いも、……人間にとっては随分前の出来事になってしまっているのかの。
そう思うと、灯は少し寂しい表情を浮かべたのであった。
山の中、木の根元に座り込み幹にもたれかかるようにして寝ていた灯。
立ち上がる。
足元に置いていた番傘を持ち、さっと開いて差す。
「霧の小川に行ってみるかの……。顔も洗わねばならぬ」
ゆっくりと灯は歩き出す。
歩いている間、灯は人間と自分自身__妖の関わり方について考えていた。
確かに、我等を視ることの出来る心豊かな人間は減っておる。
神仏への信仰も同様に弱まっておるのだろ。
だからと言うて信ずることを止めれば時と共に我等の存在は忘れ去られてしまう。
しかし……雪音のように、あの__男の子のように我等を恐れずにただ純粋な気持ちで接する人間もおる。
この先はどうなるのであろ。
答えはおそらく出ないのう。
人間は我等の存在を__消し去ってしまうのかの……。
不意に立ち止まる灯。
「ええい、止めじゃやめ。疲れてしまうわ……。もう一眠りでもするかの」
気怠げな表情で、辺りを見渡す灯。
手頃な木を探し、見つける。
ざくざくざく。
まだ少しある残雪を踏みしめる音。
どのように人の世を思っても所詮妖は妖よ。
ならば、その世をゆっくり眺めていようではないか。
また、雪音に会うことはできるじゃろうか……。
そんな事を考えながら木の幹にもたれかかり、目を閉じた灯。
そのまま、ゆっくりと__ゆっくりと眠りへ落ちていくのであった。
〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜
『では、貴女の名前は灯です。今、僕が名付けました』
一人でいる妖は名など持たぬ。
だが、付けられたのであれば……その後はそう名乗ろうぞ。
しかし__。
『__何故、灯なのだ?』
『え? ……なぜならば』
『貴女は僕にこんな暖かい灯火をくれた。僕の消えかけた命の灯火を再び燃え上がらせてくれた』
『貴女は僕の大切な、暖かな灯となってくれたのです__』
読了、ありがとうございました。