解析
歓談室のドアが開き、若葉色の髪の男が入ってきた。室内の喧騒に軽く驚いたような表情を浮かべ、くすりと微笑む。
清羅の周りは、いつでもゆったりとした空気が流れている。
「おー、清羅、どうだった?」
エンの言葉に、微笑みのまま首を横に振る。
「え、だめ、なの?」
「結果から先に言うと、だめです。
解除できる類の呪いではなく、私は、力を加える事もできません」
「ええ、うそう。もう、男には戻れないって事?」
ロキがいつもより大きめの声で問い、大槻と吉井が、口々に詳しく説明を求めると、清羅は頷いて話し始めた。
「体が、いずれ戻れるかどうかは、ロキ殿に掛かっています。
呪いの主である水妖は、本来、呪いを持つ類の妖魔ではありません。それゆえに、呪いはシンプルで、単純な構造をしていました。
ただ、鍵が掛かっています。いくつか別なルートからの解析も試みたのですが、どうしてもその鍵に行きついてしまう。
シンプル過ぎて解く事ができません。
体を元に戻すためには、鍵をみつける以外、方法はなさそうですね」
「シンプルだから、解けない……?」
「呪いの解析を、クロスワードパズルのような物、と、例えるとわかりやすいでしょうか。
巨大なパズルは一見複雑で解くのが困難に見えますが、その分ヒントも多い。
躓く箇所は、別なアプローチで答えが見えてくる場合がほとんどなのですが、今回の物は、呪いの根源が、たった一つの強固な鍵に繋がっています。
マスが、漢字の田の形に四つ並んでいて、文字が入っていないクロスワードパズルを、さあ解け、といわれているようなもの」
例えば。
「使用文字は、8文字。その5番目の文字が、次の8文字の頭文字となる」というヒントであれば、範囲はかなり狭まる。が、「使用文字は2文字×2文字」といわれては、その組み合わせは無限になってしまうだろう。
「その、鍵? 無理やり壊す事はできないのか?」
「危険すぎます。
絡まった糸は、引き千切ってしまえばほどけるかもしれませんが、元の一本の糸には戻りません。
水妖は、すでにこの世にいません。鍵は、一度壊してしまえば、もう一度やり直す事は不可能。無理を通せば、どんな影響がでるか。一生この姿のまま、というならまだいい方。それどころか」
そういって言葉を途切り、ほんの少し、困ったように微笑んで、
「全く別なモノになってしまう可能性も」
と、続けた。
「鍵の在り場所のヒントかなにか、ないのかな」
ロキの問いには、顎に手をあて、少し俯いて言葉を探す。室内の全員の視線が集まっているのを見回して、ロキに視線を止めた。
「どこまで話していいのか。
まず、鍵は、形あるものではない、と、お考えください。大事なのは、自ら学ぶ事。そして、気付く事。
ヒント……これが、私が言えるギリギリの線だと思うのですが、水妖は、ロキ殿たちに困難を与えました。その困難から学ぶ事が、鍵になるはず、かと」
「清羅は、鍵の正体を知っているの?」
「いいえ。ただ、こういった呪いの定石なんです。
それに、もし、私が鍵の正体を知っていたとしても、お教えする事はできません。自ら見つける事が大事なんです。
ヒトは、答えを知れば考える事を辞めてしまう。他者から与えられただけの情報は、身に付く前に、ああそうかで終わってしまう。ロキ殿が、本当の意味で鍵の正体を自分の物とするのに、余計と時間がかかってしまうでしょう。
これ以上は、私からは何も言えません」
「って事は。
女になっちゃって困る事とか、そこから学ぶ事がある、って事だ?」
「私の口からは、何も」
エンは、なるほどね、と肩をすくめ、ロキはうーんと眉を寄せた。
歓談室全体が一気に騒がしくなる。
「女になった事が、イコール、ペナルティ、呪いの正体って事じゃないの?」
「あ、その言い方、なんか引っ掛かる。
女になる事が罰だなんて、女の方が劣っている、みたいに聞こえるけど」
無邪気そうな口調に、薗田が突っ込みを入れると、さすがの高岡も、そういう意味じゃ、と気まずそうに言い訳をした。
「俺、ちゃんと答え、みつけられるのかな」
ぽそりとつぶやくように言ったロキの言葉に、全員が困惑の表情を浮かべる他なかった。