表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/42

幼気

 その視線が、必死に椅子によじ登ろうとしているレヴィに集まる。ミーティング室に置かれているのは、キャスターと簡単な肘掛の付いたもの。

 今のレヴィには高過ぎ、キャスターが動いてしまうので思うようにいかないようだ。

 薗田が抱き上げてやるべきか、彼のプライドのために放っておくべきか、と、困ったような視線で周囲に問いかける。と、椅子がカラカラと走りだし、水色の髪の幼女がぽてりと床に倒れ伏した。


「あ」


 数名の声が重なった、その三秒後。


「ふ、えええええん」


「お前さ、そんくらいで泣くなよ、普通」


「大丈夫か? どこかぶつけ……ふおっ」


 床に突っ伏したまま泣き出す最強の魔獣の化身と、呆れたような火焔魔人の声に、周囲がおろおろと僅かに席から腰を浮かせる中、ロキがゆっくりと立ち上がり、起こしてやろうと傍らにしゃがんだ。

 と、飛びこんできた人影に弾かれるように、バランスを崩して尻餅をついた。


「痛くない、痛くないよー」


「いたいぃぃ、うええええん」


「菅原さん……」


 唖然とする全員の前で、素早くレヴィを抱き起し、少し赤くなった膝をさすり、頭を撫でてやっているのは、医務局の菅原。初対面でもめて以降、レヴィと一番疎遠だった彼の行動に、衝撃半分、茫然半分、僅かに、そして確実に、どん引き。


「うわぁ……」


「菅原さんって、そういう人だったんだ……」


「元々、妹たんハスハスの人だったけど」


 周囲の秘かな声は全く聞こえないようで、当の菅原は、ポケットから取り出したタオルハンカチで、涙でぐしょぐしょになったレヴィの顔を拭いてやっている。


「ほら、きれいになった。もう泣かないで、ね?」


「か、かたじけない、すがわらどの。

 泣いてはいけない、と、じせいしようとしているのだが、かなしくて、む、むねが、苦しくて、とめどないのだ」


 ひっくひっくとしゃくり上げながら、涙をこぼし、苦しそうにそう告げる。

 その体が、ひょい、と宙に浮いた。抱き上げた自らの肩に顔を伏せ、しゃくり上げる幼女の小さな背を撫でているロキが、ため息を吐く。


「この調子じゃ、レヴィはしばらく戦闘、無理だね」


「むりじゃない!」


「んなわけねえだろ。転んで泣かれたら迷惑だ」


 取りつく島もないエンの言葉に、むりじゃなーい、と、泣いてロキに縋る。


「呪いが解けるまでは、ロキ達も戦闘は休んだ方がいいんじゃないでしょうか」


「そうだな、清羅君に、解析を急いでもらおう」


 大槻の言葉に、吉井も頷く。

 ロキは人類唯一の希望。その事実は、妖魔に対抗する手段としてだけでなく、精神的な支えでもある事を意味する。

 以前行方不明になった時は、日本だけでなく、世界中の治安が格段に悪化した。

 ジェーナホルダーの能力や個人情報は、国際規約で極秘事項になっており、一般市民は彼らの私生活を知り得ず、ロキの失踪だけが、恐慌の直接の原因だと断定はできない。が、各国の上層部の動きを変える程に、彼の存在の影響力は大きい。死なずにいる事自体が、不安に折れそうになる市民の精神状態の、人類の平穏な明日を支える柱の一つになっているのは確か。

 万全と言えない状態で、前線に出すわけにはいかない。

 困った状況になった。少女になってしまってむっとする少年を、得意げに胸を誇示する褐色の美女を、転んで泣いている幼女を、微笑ましく見ている場合ではない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ