呪詛
国家特務課本部に戻り、課長の吉井に簡単な報告を済ませた後、ミーティングの時間まで自室で待機する事になった。
大槻は濡れた服を着替えてベッドに身を投げ出した。
自らもジェーナホルダーではあるが、遺伝子の保有率は0.1%を僅かに越す程度。この地球上で現在確認されているジェーナホルダーのうち、1%を越す者はごくわずか。
ロキは曾祖父が神であり、さらに古い神を一族の祖先に持ち、17%以上の神の遺伝子を保有する。
その血は強い能力を持つ妖魔を眷属とし、さらに力を与え、使役する事を可能とする。ロキだけが、人類を滅亡から救えるといっても決して過言ではない。
彼が亡き者となれば、人類はこの地球を離れる以外、生き延びる術はない。だというのに、何度言い聞かせても自身を危険にさらす。今回も、得体の知れない呪いなど受けてしまった。
水妖は、命の危険はない、と言っていた。けれど、もし、戦闘に影響のある類のものだったら。だいたい、その情報も信用できるのだろうか。妖魔の目前に無防備に跪く事すら、普通では有り得ない。
大槻は、深くため息を吐き、いつの間にか、ロキの目付け役になっている自身を嘆いた。せめて、もう少し自らの身を守る事を考えてはくれないものか、と。
定刻になり、ミーティング室に現れたロキとエンに、誰もが言葉を失った。
課長の吉井は、いつもの厳しい表情をさらに難しくし、頭を抱える。ロキは憮然と椅子の背もたれに身を預け、エンはどこか楽しげだ。
「それが、呪い?」
「みたいだね。まあ、あれだ、エン、巻き込んでごめん」
「お前も、謝罪なんてできるんだな」
「だから、ごめんて」
大槻の言葉にも、エンの、水妖の言葉をなぞらえた揶揄にも、ぶっきらぼうに言って肩をすくめる。
その声は高く、柔らかく、すくめる肩も細い。着ている服も、顔付きも、確かによく知る十八歳の少年、ロキ。けれど、そこに座っているのは、どうみても少女だった。
隣に座る眷属のイフリート、エンは、普段、身長190cmを超す、筋肉質のがっしりとした体格の青年の姿をとっている事が多い。が、やはり、褐色の肌、燃えるような赤毛、勝ち気そうなイメージはそのままに、胸の大きな、ゴージャスな美女、といった風貌に変わっている。
「不思議なんだよねえ。変化はできるのに、こうやって人型になろうとすると、自由が効かない。この姿以外にはなれねえの」
「能力の変化や、なにか不都合は?」
「んー、体が慣れてないから違和感はあるけど、不都合は特になさそう、かな。
ただなー、邪魔だなー、ロキは控えめだからいいけど」
「うるせえよ」
自らの胸を抑えながらそう言うエンは、吉井の問いに応える声も、どこか楽しげ。
むっとしたロキに睨まれながら文句を言われてもにやにや笑い返している。
一呼吸置き、さらに吉井が問う。
「当面問題はないとして、呪いは解けるんだろうな?」
「今、清羅が解析してくれているんだ。
この呪いの主は清羅の護っていた下流の妖魔で、まるっきり関連がない訳じゃないし、こういう古い術には詳しいんだって」
「確かに、清羅は呪祖には詳しいけど、解けるかはわかんねえよ。水妖だってこっちに清羅が付いているのは知っている。なんか仕込んであるはずだ」
エンの言葉に、ロキはさらにむっとした表情を浮かべて肩を落とす。二人を見比べて、吉井がさらに話を続ける。
「そのままで過ごす他ない以上、受け入れて対策を立てねば、な。
薗田君、谷城君の事、何かと頼めるな?
それと、レヴィ君の姿が見えないようだが、彼は大丈夫なのか?」
当本部唯一の女性のジェーナホルダー、薗田が、はい、と応対し、その後でてきた海龍の名に、室内がざわめく。