衝突
いけない、と、己を戒めた。
羨んでどうなるというの。私は、ロキを慰めに来たのよ、と。
ロキの、女の子になってしまった苦労話を、曖昧に頷きながら聞いていると、ふいに、ごう、と、熱風が発生した。
「主ちゃあああん、うち、遊びに来ちゃった!」
突然現れた少女に、思わず警戒の構えをとった。
チョコレート色の肌を走る、オレンジを帯びた赤いペイント。
似た色の長い髪を、ツインテールに結んだ、ローティーンの少女。
勝ち気そうな大きな目を、派手に長い睫が縁どる。
人じゃない。クリスの、戦士としての直感が告げた。
そんなクリスに気付き、きょとんとした表情で視線を向ける。
と、黒い獣が駆け抜け、ロキに飛びついたのを見て、心臓がぎゅっとなった。
ロキ、と、叫ぼうとして、振り向いた目の前の光景に唖然とする。
子牛程の大きさがある双頭の黒犬に押し倒され、抑えつけられて顔を舐められているロキが笑っている。
「わかった、わかったから、オルトロス。もうやめて。
ヴォルケーノ、こいつ止めてよ」
オルトロスと、ヴォルケーノ?
再度振り向くと、褐色の少女が、ケラケラと可笑しそうに笑っている。
「千客万来だな」
心底嬉しそうなロキに、お互い紹介された。
ロキは、イフリートのエンの他に、もう一つ、オルトロスの卵を孵し、眷属に近い状態で配下に置いているヴォルケーノに預けている、という話は聞いていた。
地球を覆う薄い地殻の下、圧倒的なエネルギーを持って対流し続けるマグマ。
それを制御し、自在に操る魔族。
もっと、恐ろしげなのかと思っていた。
「おー、ヴォルケーノ」
「ええー、イフリート、アンタも呪い、貰っちゃってんの?
マジウケるんだけど。
てかさ、レヴィアタンまで! アンタら、何やってんの」
「そなたに、わらわれる筋合いはない」
丸いほっぺを膨らませて、口を尖らせる水色の髪の幼女の姿に目を見開き、可笑しくてしょうがないという風に笑い転げている。
魔族たちは、気安く、親しげだった。
それはそうだろう。
地球の自然環境を、奇跡的なバランスで成り立たせている仲間同士。
屈託なく談笑していても、本来、人間は近付く事すらできない存在のはず。
その輪の中に、何の違和感も、警戒心もなく、一人の少女が笑っている。
人間という種族の中で、一番神に近い。
「ね、クリスはどう思う?」
ロキに話を振られたけれど、その直前の会話は、頭に入っていなかった。
自らの中に湧き上がる、疎外感と戦うのに必死で。
「え、何が?」
「聞いてなかったの?」
「クリスちゃん、ぼーっとしちゃって、どうしたのー?」
ロキの、困ったような笑顔にも、ヴォルケーノのちょっと馴れ馴れしいツッコミにも、妙な苛立ちを感じた。
「だからさ、ヴォルケーノが……」
「私」
席を立ち、強い口調で言うクリスを、驚いたようにロキが口を噤んでみつめた。
「人の眷属ならまだしも、そうでない魔族と馴れ合う気、ないわ」
つん、と顎を上げるクリスに、ヴォルケーノが目を見開き、むっとしてロキの腕をとった。
「ねー、主ちゃん、ここにいてもつまんないよ。
遊びに行こう? うち、ヴェスヴィアス火山大噴火させるし!
夜とか、ナポリ湾に映えて超・派手でキレイだよ。
主ちゃんに見せてあげる」
「ちょ、何言ってんの、ヴォルケーノ。
噴火とかやめてよ、マジで」
「そうよ、噴火なんて、どれだけ被害があると思っているの?
ロキがそんなもの、喜んで見に行くわけないでしょ!」
二人がかりで止められて、ヴォルケーノがさらにむっとしてクリスを睨む。
「そんなもの、とか。別にさ、アンタにみせるっていってないじゃん!
アンタがうちの事だけ仲間外れにするって言うなら、こっちだって仲良くなんてしてやんないし。
主ちゃん、こんな意地悪な子、うち嫌い」
「待ってよ、なんで二人して急にケンカとかしてんの……?」
おろおろするロキを両側から挟む形で、クリスとヴォルケーノがにらみ合い、ほぼ同時にふんっ、とそっぽを向く。
「ね、ロキ、下僕にしたいからって、仕方なく付き合わないといけないのはわかるけれど、あなたは魔族と気安く接し過ぎるわ。
だからこんな風につけあがるのよ。
眷属だって、もっと節度を持って対するべきだわ」
「下僕とか仕方なく付き合うとか、主ちゃんはそんなこと思ってないし!
ひどすぎるよ、なんなの?
超・性格悪くってやなヤツ!
主ちゃん、こんな子、追い出して!」
「いい加減にしろよ!」
思い切り立ち上がり、そう怒鳴るロキに、両側の少女二人がぐっと口を結んだ。




