薄紅
ロキの様子を心配していたのは大槻だけではなかった。
翌日、薗田、高岡と共にロキの部屋を訪れるといつも通りの笑みで迎えてくれた。
「大槻さんたち、呼びに行こうかなって思っていたんだ。
お菓子の新作、作って。よかったら味見して」
そろそろ時間、いいよね? と、エンに確認して、いそいそと冷蔵庫を開ける。
トレイに乗せて運ばれてきたのは、透明なガラスのカップに、不透明の薄紅と、艶やかな緋色のソースが鮮やかに二層になったものだった。
「いちごのプリン?」
高岡が問うと、
「ラズベリーのヨーグルトムース」
と、嬉しそうに笑って応えた。
すごーい、きれい、と感嘆の声を上げていた薗田が真っ先に口に運び、
「わ、すごくおいしい。お世辞抜きで、本当に」
と、心底驚いたように目を丸くすると、ほっとした表情を浮かべた。
高岡も、へえ、と、目を輝かせて親指を立て、次々とスプーンを口に運んだ。
大槻は、甘い物、特に、こんな風にもったりした食感の物は好まなかったが、口に入れて驚いた。
新鮮で透明な甘酸っぱさ。
果汁の風味が生きて、甘さが口の中にしつこく残らず、すう、と溶けていく。
ヨーグルトとラズベリーの酸味はやわらかく、ツンと引っ掛かる感じではなく、絶妙なバランスで保ち合い、ほのかな冷たさだけを留めたままに消えてしまう。
「おお、つきさん?」
不思議な食感と風味を追いかけて、無意識に三口ほど食べた時、心配そうにのぞき込むロキに声を掛けられて我に返った。
「ああ、すまん、思わず夢中で食べてしまって。
正直、こういったものは食べ慣れないんだが、すごくおいしい。
不思議だな、いくらでも食べられる。
ロキはお菓子作りの才能があるんだな」
思わず真顔で感想を告げると、頬を染め、はにかんだ笑みを浮かべた。
その、初々しい愛らしさ。
ロキは、本当に少女になってしまったんだな、と思った。
もしかして、この方がよかったのかもしれない。
このまま、ずっと少女のままだったとしても。
男と女で、何が違うのか、男のままで、何の不都合があるのかはわからない。
「もし、ジェーナホルダーで食べていけなくなったら、お菓子屋さんになろうかな。
あ、でも、エンが手伝ってくれないとだめだけど」
と、華やかに笑うロキを見て、どちらでも、同じ事じゃないかと思った。
ロキがいつでも、幸せに、笑っていてくれるのなら。
「ロキには元に戻ってほしいと思うが、こんなにおいしいものが食べられなくなるのは残念だな。
ジェーナホルダーの仕事がなくなるのは考えにくいが、男に戻ったとしても、たまにこうしてお菓子を作ってくれないか?」
「もうずっと、女の子のままでいいんじゃない?」
少し冗談っぽく言うと、高岡も身を乗り出して話に乗ってきた。
ロキは、はっと頬を染め、別に、いいけど、と、小さくつぶやいた。
表情を見れば、不機嫌そうに見えるが、内心喜んでいるのがわかる。
お菓子を作り、こうしてみんなに振る舞い、おいしいといわれる事が歓びなら、男に戻ってからも続ければいい。
それくらいは許されてもいいだろう。
戦場で血を流し、地球の、人類の未来を憂いて汚染された地に膝をついて慟哭し、己を責め苛み、苦しむ日々から完全に逃げ切る事はできないのだから。
その日の、ロキの日記。
『ラズベリーのヨーグルトムース、大成功だった。
自分でもおいしいなって思ったけれど、自分で作ったものだから、感覚が当てにならない。他の人にほめてもらえると、すごくうれしい。
大槻さんがとてもほめてくれて、これからもお菓子を作ってほしいっていってくれた。あと、高岡さんが、ずっと女の子のままでいいんじゃないかって言った時、うんって言った。
ずっと女のままだったら、どうなるんだろう。
みんなが喜んでくれるのなら、なんか、もう別に、女のままでもいいかな』




