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齟齬

 一日が終わり、大槻が歓談室へ向かうと、薗田と少年の声が聞こえて来た。

 穏やかな談笑、といった雰囲気ではなくて、入り口で足を止め、様子を窺った。


「ロキが、うるさいって言った」


 泣くのを堪えるような震える声。

 アキとフユは声までもそっくりだが、言い方からしてアキの方だろう。


「うるさいって、ロキが? アキとフユに?」


「そうだけど、ちがうよ、あのね、ロキがおなかとあたまが痛いっていったの。

 それで、静かにしていてって言ったんだけれど、ボクとアキであそんじゃったの。ボールで。だから」

 

「エンが、怖い風にさ、おまえらはしばらく外にいろ、って言ったんだよ。

 それで、ロキも、ぷいってして」


「アキ、やめて。そんな風に言ったらいけないんだよ」

 

 思い付くのと同時に動き、ポンポン言いたい事を言う活発なアキを、比べれば慎重派のフユが諌めようとしている。

 予測するに、実際により大きくショックを受けているのはフユの方だろう。

 アキの憮然としたような言葉も、自分が注意を受けた事より、フユに動揺を与えたロキやエンに対する怒りを感じる。


「ロキはきっと、今、かなしいと思うわ」


「え、ロキが?」


 薗田の声に、二人の少年の驚いた声が重なる。


「ロキは、アキとフユのお話を聞くの、大好きだもの。

 うるさいなんて言ってしまって、どうしようって思っているかも」


「大好きだったら、うるさいなんて言わないよ」


 自分の言葉に傷ついて、語尾が震える。


「二人とも、具合が悪くなった時、ロキも他のみんなも、静かにしていてくれたでしょう?

 だれでも、どうしても、一人で静かにいたい時ってあるのよ」


「きらいだから、じゃなくて?」


 すっかり泣いているらしい声は、アキのものだろうか、フユだろうか。


「きらいなんて。

 ロキだって、エンだって、あなたたちをきらいになるわけない。

 本当に、ロキが、アキとフユをきらいなんだと思う?」


「思わない。本当は。

 そのださん、ロキ、本当にボクたち、きらいじゃない?」


 大丈夫、絶対、という薗田と、わあわあ泣き始めた少年たちの声を聞きながら、足音を忍ばせて歓談室から離れた。

 ロキは、眷属たちを大事にしている。

 特に、アキとフユは、どんなに突拍子もない悪戯を仕出かしたとしても、決して声を荒げる事もなく、困ったように、どこか楽しそうに笑って受け入れ、良く面倒を見る、優しい兄のように接していたし、少女の姿になってからは、それまで以上にアキ、フユはロキに甘えていた。

 ロキが彼らを邪険にしたという事自体、俄かには信じられないレベルの事象だが、水妖の去った地を見た事が余程ショックだったのだろうと思いあたれば、ロキを責める事はできない。

 考えながら廊下を歩き、近づく気配に視線を上げると、少し泣きそうな笑みを浮かべたロキが前から歩いて来ていた。


「大槻さん、シュートー、見ませんでした?」


「ああ、歓談室にいたようだよ」


「そっすか、どうも」


 小さく頭を下げて、大槻の隣をすり抜けていく。

 締め付けられるほどに、何か言いたいと思った。けれど、言葉が出ない。

 名を呼び、振り返らせる事すら。

 振り向いてみると、ゆっくりと、華奢な背が遠ざかっていく。細い髪が、肩で揺れている。

 少し項垂れて、数歩先の床を見て。

 大槻は、己の無力感と不甲斐なさを抱いて、ただ立ち尽くすしかなかった。

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