性差
男だと風呂上りにパンツ一枚でも良く、女だと上半身を隠さなければいけない。
それは、なんで?
改めて問われても、納得のいく回答が浮かばない。
「ジェンダー、ってやつね」
「私も、女性を蔑視しているわけでは、決してないのだが」
薗田の言葉に、大槻も頷く。
ロキが腕を組んで首をかしげる。
「じぇんだー? なんとなく、聞いた事ある、けど」
薗田と大槻が、清羅に勧められるままダイニングテーブルにつくと、エンがお茶を運んできてくれた。
小さなレヴィも含め、眷属たちも彼らの話を聞いた。
ジェンダーとは、本来、英語では「性別」の事。
生まれつきの男性、女性を指すのだそうだが、日本では「男とは、女とはこうあるべき」という、性差によるあり方を意味する時に使われる事が多い。
「力仕事は男性がする」「女はスカートをはく」「髪を伸ばすと女性らしい」
「同じ仕事をしていても、男は給料が良く、女性は低い」「女性は家庭的な仕事が上手にできて当たり前。下手な女性は問題視され、逆に、男性は掃除せず、外食に頼って当然」などなど、社会的に課せられ、当てはめられるイメージ。
「んー、っと、つまり、男は雑で偉そうでも良くて、女の方が損、って事?」
「いや、いい悪いという事ではないし、得とか損とかでもなく、ただ、違う、という事、かな。
私もこういった事は勉強不足で、すまん」
「一般的な男の人より力が強い女性もいるし、刺繍みたいな繊細な仕事を好む男性もいる。
お人形遊びが好きな男の子、サッカーが好きな女の子。青い服を好む女性、ピンクが好きな男性、本当は、どれもおかしくなんてない、偏見を持つような事じゃない。って、運動が起こったのね、ずいぶん昔に。
ジェンダーって言葉は、その時の名残かな」
大槻と薗田の話に、最初に口を開いたのはエンだった。
「ヒトってメンドくせえな。
ロキは薗田ちゃんたちが言っている事、わかる?」
「ガキの頃さ、俺、施設で育っただろ?
小学校入ってないチビたちで、男女一緒に泥んこになって遊んでいると、必ず女だけ怒る先生、いたんだよね。
男は服汚しても、あーあ、元気に遊んだわね、って感じなのに、女の子のくせに、こんなに服汚して、って。あれもそう?」
「なんだ、それ? ガキはガキだろ。
男も女も、夢中になって遊んだら、服汚すのはしょうがないだろ?
それでも、もし怒るなら、どっちも怒るべきじゃね?」
「わかんね。俺も心のどこかで、変だな、って思っていたんだけど」
エンに説明しながら、今、話を聞いていて思い出した、というロキに、薗田が頷いた。
「そういう大人からの刷り込みが、子供たちの常識を作ってしまう。
ロキ君は、変だなって疑問を持ったけれど、当然のように思ってしまう子も多いと思うの。
女は服を汚しちゃいけない、静かに部屋の中にいないといけない、ってね」
大槻が眉をひそめるように難しい表情のまま腕を組む。
「難しい問題だと思う。
人権的な意味で言えば、もちろん、平等であるべきだ。
この日本だって、女性というだけで選挙権すらなかった時代がある。
けれど、女性は、子供を身ごもり、出産と、その後数カ月は、どうしても身動きがとりにくくなる。
体力、腕力は男性の方が強い。そんな風に進化してきてしまっている。
効率よく社会を回していくのには、ある程度、男性らしく、女性らしく振る舞う、という決まりができるのは、当然の事なんじゃないのか」
「大槻さん、その考え方はちょっと危険な気がする。
出産、育児で、せっかく能力が高い女性が、社会から疎外されちゃう流れは良くないと思うんです。
できるだけ、社会全体でフォローしていく体制を」
「あー、あの、待って」
遮る声に振り向くと、困ったようにこめかみを掻くロキと、曖昧な表情を浮かべる清羅、呆れた様子を隠しもしないエン、とろんと落ちてきてしまう瞼と戦いながら、やっと座っているレヴィ。
大槻と薗田は、いきなり激論を始めてしまった事に思い当たり、ごめん、と、照れたように俯いた。




