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98章 廃墟に伏した神子

 転移特有の酩酊感、意識の断絶。

 脳を掻き回されるような不快を堪え、閉ざしていた眼を開く。

 覆い被さる様に倒れ伏していたのは俺の他にはミーヌのみ。

 恭介達三人の姿は見えない。

 先に行ってしまった可能性もあるが、この状況から推察するにバラバラに転移してしまったらしい。

 あの謎の閃光が何かは分からないが仕方がない。

 巻き込まれていたらロクでもない事態に陥っていただろう。

 転移した判断は間違ってはいない。

 ただ術者が誰か分からないが、あの緊急時では転移座標を明確に定める時間が無かったのも確かだ。

 俺は三人の無事を祈りながら、ミーヌの身体を優しく揺すり起こす。


「ア……ル? そうか、転移したのか……

 ここはいったい……?」

「俺も詳しくは分からん。

 この地域の守護者である、サクヤの神域に似た風景だが……」


 落ち着いて周囲を見渡す。

 無数の燭台が積層型の方陣を織りなす、神秘的な雰囲気。

 薄暗い空間には水路が形成され、心地良い水音を立てる。

 足元を確認すると何かの呪印が刻まれていた。


「これはおそらく転移座標。

 一方通行だけど、多分緊急時のみに発動する設定だと思う」

「じゃあ……やはりここはサクヤの」


 俺達が飛ばされたのは神域に設置された緊急避難用の転移陣らしい。

 目を凝らせば遠くに神殿らしき影が見える。

 俺とミーヌは頷き合うと、手を繋ぎ神殿へ向かった。





「何だこれは……?」

「ひどい……」


 神殿へ辿り着いた俺達の視界に映るのは暴風が吹き荒れたかのような惨状。

 祭壇は薙ぎ倒され、蝋燭は砕け散っている。

 神秘を刻んだ術布は半ばで切り裂かれ、その効果を失っていた。

 更に社を支える柱は激しく傷付き、今にも倒壊しそうだ。

 つい先刻までの荘厳な赴きは払拭され、この場に漂うは廃屋の様な有様。

 いったい何が起きたというのか?


「この惨状は……?」

「俺にも詳しくは……って、サクヤ!」


 神殿の奥、薙ぎ倒された祭殿の影に倒れ伏すのは電脳歌姫の衣装を纏ったツインテール(というらしい)の少女。

 それは退魔機関夜狩省東北支部長にして杜の都の守護者。

 幻朧姫咲夜だった。

 俺はサクヤへ駆け寄ると抱き起こす。 

 幾星霜を経た幽玄とも云える妖しさと蠱惑さを讃えた容貌は苦悶に歪み、呼吸が荒い。

 ミーヌと協力し、回復呪文と治癒呪文を重ねて掛け続ける。

 しかし人と神という階位の差がある為か、一向に良くなる気配がない。

 というよりも、回復する傍から何処かへ流れ出ていってしまうような感触。


「おにー……ちゃん?」


 だが決して無駄ではなかったのだろう。

 汗で濡れた髪を震わせ、弱々しくもサクヤは目を開いた。


「大丈夫か、サクヤ!

 いったい何があったんだ!?

 どうしてお前が倒れている!?」


 矢継ぎ早に質問を重ねる。

 サクヤの状態が芳しくないのは十も承知。

 けど状況が掴めないと、どう対処していいか分からない。

 何せこういう時頼りになる恭介とは逸れ、今この場にいるのは異界の客人たる俺とミーヌの二人のみ。

 俺はこの世界に来てから如何に恭介に依存し甘えていたかを思い知った。


「その娘が……?」

「え? ああ、お前に言っていたミーヌだよ。

 楓達の活躍により無事救い出せた」

「そう……よかった……」

「なあ、本当に何が起こったんだ?

 俺達はミーヌを救い出し、全ての元凶であったヘルエヌを討伐した筈なんだ」

「ちがうんだよ、おにーちゃん」

「何がだ?」

「ヘルエヌはね……あの異国の魔術師は故意に討たれたの。

 自らの命を以って最後の術式を完成させる為に。

 何故ならアイツの狙いは……あたしだったんだ」

「えっ!?」

「それはどういう事?」

「おねーちゃんは……術師なら創生魔法って聞いた事がある?

 あるいは世界改変系の固有結界とか」

「無論。けどそれは机上の空論だった筈。

 例え膨大な魔力を費やそうとも、

 神々の事象干渉能力を以って当たろうとも、

 既存世界を継続させようとする世界の修正力は免れない」

「うん。確かに世界結界<阿頼耶>は正常に作用してるしね。

 そう……個人の意志が世界を脅かす事は無い。

 そこには修正力……強制的にでも世界を維持しようとする力が働くから。

 でもね、これには抜け道があったの」

「何だ、それは?」

「個人ではない集団無意識が集う場には在るべき世界へと是正する均衡が働かない。

 何故なら世界を形作り進むのは意思ある者達の意志だから。

 現実世界の呪的楔ならすぐに分かるんだけど……

 まさか電脳世界を介した多層結界とはあたしも思いつかなかった……

 いや、これは負け惜しみだなー……

 ヘルエヌの方が、一歩どころか5歩くらい先を行ってた」

「……話がよく分からないんだが」

「なら簡単に言うとね」

「ああ」

「ヘルエヌはこの杜の都限定とはいえ、世界を書き換える事に成功したの。

 電脳世界の守護者たるあたしの力を利用して」

「なっ!?」


 無理に笑い告げたサクヤの顔はいびつに歪み、

 俺達は声色に含まれた震えに、その言葉が真実だと知った。



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