96章 追憶に散華す道化
「なん……だと……?
いったいどういう意味だ?」
「強がりを言うな。
お前は私とアルの連携の前に敗北したではないか!」
思わず呟く俺を遮り、ミーヌが戯言を断ち切る様に言い放つ。
しかしヘルエヌはいやらしい嗤いをより濃くするのみ。
そして嘲る様に続ける。
「アハハ……信じたくはない、って顔だね。
全てはボクの手の内……
そう、ここでボクが死ぬ事すら策の一環に過ぎない。
愚鈍なる道化共を使い目的を遂げる為の、ね」
「……ふざけるな!
人の心を弄び、
惑わし、
踏み躙る!
人の尊厳を穢し意志無き傀儡と化す貴様の行為……
それが、それが許容されるものだと思うのか!?」
「別に慈悲を乞うつもりはないさ。
ボクは自らが悪と呼ばれる概念を為す事を厭わない。
それがボクと言う存在の在り方だから」
「無様に死に逝く貴様はここで終わりだろ。
因果の糸はここで潰える筈だ」
「本当にそう思うかい?
ならば考えるがいいさ。
何故、ボクはこの都市を狙ったか?
何故、ボクは君をわざわざ誘き寄せたか?
何故、ボクはこの場を選んだか?
……全てはボクの死後に集約される……」
どこか遠くを見詰めながら話し続けるヘルエヌ。
その容貌が、まるで水分が蒸発するかのごとく乾涸び老いていく。
否。
無理に若さを留めていた術式が崩壊し、本来の年齢に急速に戻りつつあるのか。
「……を目指し、50年か……。
長い様で短い、不思議な半世紀だったな……
もう何も恐るべきものはない……」
「言え、ヘルエヌ!
お前の本当の目的とはいったい何だったんだ!?
悪人なら悪人らしく最後まで泰然としてろ!」
ヘルエヌの胸倉を掴み恫喝する。
上半身だけとはいえ、その身体は驚くほど軽い。
急速に老い乾涸びていく事も拍車を掛けている。
だが俺はこいつに安らかな死を迎えさせたくはなかった。
人を赦し導くのも勇者の在り方だろう。
けど駄目だ。
俺は勇者失格かもしれない。
何故ならば、どう頑張ってもこいつを赦せなかった。
こいつを信じ尽くした名無教師の最後が、
こいつに操られた無辜なる憐れな人々が、
何より利己的な目的で生贄にさせられた者達の姿が目に浮かぶから。
嫌悪と憎悪に満ちた俺の眼差しを受け、ヘルエヌは閉じゆく瞼を開ける。
更に俺を見定め、嘲笑する。
「アルティア・ノルン……異界より来たれし番外の駒よ……
貴様の存在は……計算外だった……
故に行動が読めん……
それが今後どういう波紋を及ぼすのかもな……
だが……ここは一手先を往くぞ……
遥か昔に誓った……本願の為に……」
「おい、何だそれは!?
ちゃんと説明しろ!」
「儂の死が全ての引き金となる……
また逢おう、アルティアよ……
世界が変容し、滅びを迎えるその前に……」
「答えろ、ヘルエヌ!」
「ならば一つだけ助言をくれてやる。
『滅びたくなければ足掻くがいい』
それがお前達愚者に残された唯一つの……希望……」
譫言の様に呟いたヘルエヌの顔が、身体が、罅割れ乾いて崩壊し、空に散る。
まるで水面に漂う沫の様にあっけない散り方。
最後の最後まで運命を嘲り続けた稀代なる洗脳魔術師の、
それが最期の姿だった。