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93章 憎悪に蠢きし勇者


 ネオンが煌めく夜空を駆け抜ける。

 眼下に召喚の為の魔方陣が幾重にも展開されるのが見える。

 しかし俺とミーヌは頷き合い、東北放送局を目指す。

 感傷に浸る暇はない。

 今は恭介達が作ってくれた好機を逃さ無い為自らが出来る事を為すのみ。

 隠密行動も何もない最速の動き。

 俺達を遮る者はなく、やがて目前に目的の建物が見えた。

 紅白の電波塔が傍らに聳える三階建ての堅牢そうな建物。

 その屋上に待ち受けるは、暢気そうにこちらへ手を振る金髪の少年。


「ヘルエヌ……アノーニュムス!!」


 ミーヌから謎に包まれたヘルエヌの容姿を聞いていた俺は、奴の姿を視界に捉えると同時、怒声を上げる。

 無惨に死んでいった名無教師が、

 巻き込まれ流血に沈む生徒達が、

 奴の外見を保つだけに消費されていったという哀れな人々が脳裏に浮かぶ。

 だが、俺の中で蠢くのはもっと単純な衝動。

 始原にして原始的な感情。

 怒り。

 喜怒哀楽に揺れる人間。

 だが、今俺の心は怒りに我を失いそうになってる。

 何故なら……何故ならアイツは、

 俺の一番大切な人を傷付けた張本人!!

 黒い憎悪が俺を満たそうとするのを懸命に堪えながら降下に入る。

 俺の心中を察したのか、ミーヌがきゅっと胸元を握ってきた。

 そっと様子を窺うと、心配そうに俺を見詰める綺麗な二つの翠玉。

 大丈夫だ、と目で返答する。

 うん、と目で応じるミーヌ。

 罠を警戒する俺だったが、

 奴は天使の様な微笑みを浮かべ俺達の動向を窺うのみ。

 屋上に降り立った俺達は各々警戒態勢を取り身構える。

 ミーヌの能力を吸収したこいつは、今や空恐ろしい程の深淵を覗わせる。

 俺を面白そうに見やる視線にすら威圧感を受ける程に。

 例えるなら嵐の前の凪の状態。

 いつ吹き荒れかねない暴君のごとき威容。

 こうして直接対峙するのは初めてだが、内面世界で屈し掛けたのも無理はないと思う。

 こいつがそこに在るだけで発する形容しがたい磁場。

 引力の様に人を惹きつけてやまない恐るべき吸引力とも言えよう。

 それはまるで火に飛び込む誘蛾の様に危険を孕みつつも抗い難い衝動。

 明確な目的意識と強い感情を秘めた俺ですらこうなのだ。

 並みの者なら容易に精神を屈服させられ、抵抗した者も支配魔術に屈する。

 世界の敵と蔑まれる異名は伊達では無いという事か。


「やあ、アルティア君。

 こうして直接お目通りするのは初めてだよね。

 ボクの名はヘルエヌ・アノーニュムス。

 以後、お見知り置きを」


 言って、慇懃無礼にも取れる一礼をする。

 依然変わらぬ天使のごとき無垢な微笑を浮かべたまま。

 そのアンバランスさに言い様の無い悍ましさを感じる。

 俺の危険度察知能力は最優先でこいつを排斥する事を選択。

 聖剣を構え、洸刃を生み出し応じる。


「おやおや……随分と物騒だね。

 這い寄りし千貌とも言う人がいるけど、実際のボクはこんないたいけな少年さ。

 あまり苛めないでね?」

「ふざけるな!

 言いたい事はそれだけか、ヘルエヌ!?」

「おお怖い。

 アルティア君は一体何を怒っているのかな~?」

「本当に分からないのか?」

「うん。まったく」

「貴様は……

 貴様と言う奴は……」


 俺は心底戦慄した。

 奴が言葉通り何も感慨を受けてない事が真実だと分かったから。

 つまり奴は……人に仇を為し、使い潰すという行為に何の感情も抱かない。

 精神の怪物。

 人というカテゴリーを大きく逸脱した存在。

 なまじ会話できる分、余計に理解しがたい。

 醜悪な妖魔や高慢な魔族より俺はヘルエヌの在り方が怖ろしく思えた。

 世界は俺。

 唯我独尊。

 突き抜けてしまった向こう側の存在……ハイエンド。


「人々を傷付けただけでなく、その魂までも弄んだのに……

 分からない、だと?

 ……っるさん。

 赦さんぞ、ヘルエヌ・アノーニュムス!

 俺の名はアルティア・ノルン!

 今、初めて貴様の敵に回る!」


 怒号と共に気迫を叩きつける。

 俺の裂帛の気勢にヘルエヌは肩を竦め不快そうに眉を顰める。


「やれやれ……随分熱血な事で。

 以前にも言ったけど、ボクとしては君を配下にしたいんだけど……駄目?」

「断る!」

「本当にホント?」

「クドイ!

 貴様に譲るのは身体に刻まれる刃の冷たさのみだ!」

「そっか……じゃあ仕方ないか。

 交渉決裂。

 残念無念。

 せっかく新しいおもちゃが手に入ると思ったんだけどなー。

 しょうがないね。

 もういいよ。

 飽きたからやっちゃって……『ミーヌ』」

「えっ……」


 ヘルエヌの言葉に疑問に思い後ろへ振り返るのと、

 熱い闇の刃が背後から俺の胸を刺し貫くのは同時だった。


「ミ……ミーヌ……?」


 視界に映るミーヌの容貌。

 感情豊かな美しき少女の面影はそこにはなく、

 氷の様に冷たい無表情が歪にこびり付き俺を無感情に見詰めるのみだった。



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