92章 魔戦に揃踏む三家
「やれやれ……
やっと納得し、行ってくれましたか」
アル達が視界から消えるのを待って恭介は溜息を混じえ呟く。
どこか呆れた様な口調でありながら、その唇には好意的な微笑が浮かんでいた。
「ああでも言わないと、な。
共に闘わんが為に残りたがる御仁だから仕方ない」
恭介の言葉に応じ肩を竦める楓。
その眼差しは穏やかでありながら闘志に満ちてる。
「異界からの客人とはいえ、変な二人だったな。
あの二人に任せて大丈夫なのか?
鬼札とも揶揄される恭介自身が行った方が確実だったんじゃ……」
懐疑的に小首を傾げる明日香。
夜狩省を通じ色々話には聞いていたが、どこか頼りない感じを受けたのだ。
「明日香は共に過ごせた時間が短いですからね。
彼は……アルは信頼に値する人物です。
それに何より、彼なら『大丈夫』と思わせる何かがあるんですよ。
自分達の予期せぬ方法で、きっとこの状況も打破してくれます」
「ふーん……ならいいが。
それより恭介。
召喚が終えるのを妨害するのも、幾らあたしでもそろそろ限界だ」
印を組んだ指が微かに震える。
雑談に応じながら明日香は召喚防止の為の干渉術を施してたのだ。
その数、実に千以上。
霊脈を読み自らに纏い術を施行する。
神楽家固有の能力<霊呪纏施>の真価。
個別でなく戦域全体を対象とする正に規格外の御業。
それに付け加え、術式面で破格の才能を持つ明日香ならではの技量だった。
「ありがとう、明日香。もう大丈夫ですよ。
では……御三家も揃い踏みした事ですし、久々に連携をやるとしますか。
楓、明日香より術符を補充した後、中衛と遊撃を。
明日香、一般人を隔離結界に強制退避。
召喚陣の魔力源を絶つと同時、身の安全を確保。
その後は後衛に下がり回復支援と広範囲殲滅術式を。
自分が前衛に立つ以上、貴女達には傷一つ負わせません」
「「了解!!」」
幻朧姫咲夜を護るべく結成された御三家。
退魔闘法の使い手たる神名が前衛を。
術式兵装の射ち手たる大神が中衛を。
霊呪纏施の謡い手たる神楽が後衛を。
各々が自らの役割分担に徹した時、そこには驚異的なトリニティが形成される。
「さあ来ますよ!
気を抜かない様に!」
「お前もな、恭介。
頼りにしてるぞ!」
「楓に同じく。
あたしの術で消し飛ばすまで待ってろ!!」
啖呵を切る三人に完成した召喚陣から溢れ出た妖魔が殺到する。
犬頭妖魔や小鬼妖魔等の定番低級妖魔から、
牛頭妖魔や大鬼妖魔等の中級妖魔までその種類は多種多様で雑多だ。
ただ共通するのは唯一つ。
目の前に立ち塞がる者を食い尽くし殺し尽くせ、という激烈な憎悪。
蛮声を上げ襲い来る妖魔達。
各々が構える武具が、
その身に備われし爪牙が、
鋭き呪的器官が前衛の恭介に向かう。
だが恭介は静かに微笑むと襲来する妖魔の攻勢を冷静に捌き、穿ち、叩き潰す。
恭介の手が届かない敵には楓が術式兵装を放ち対応する。
さらに時を置いて妖魔群に叩き込まれるのは明日香による大規模殲滅術。
吹き飛ぶ妖魔の身体。
渦巻く火炎や旋風。
戦場に響く獰猛なる断末魔の鎮魂歌。
三位一体による調和の取れた戦闘陣形は有効に作用していた。
しかしそれとて焼け石に水を掛け続ける様なもの。
三人を嘲笑うかのごとく押し寄せ続ける雲霞の様な妖魔群。
それは秀でた個々の技量を上回りそうな愚鈍なる大群の力。
数多の死闘を潜り抜けてきた三人。
されどそんな歴戦の三人ですら初めて遭遇する、物量に依る魔戦の宴の始まりだった。