91章 外道に憤慨な勇者
「取り敢えず明日香? だったか。
早くこっちに避難するんだ!
急がないと暴徒に囲まれるぞ!!」
障壁の外側にいる明日香に語り掛ける。
暴徒達とは若干距離が開いてるものの、本気になって攻められたらすぐに手が届いてしまう。
今は何故か呆然としている様だが、それもおそらく時間の問題。
早めの対応が必要だろう。
俺の忠告にミーヌが防御障壁を一部開放し、招き入れる準備を施す。
しかし少女はウインク一つするや片手を上げ俺の言葉を遮る。
「心配無用!
既に終わったから」
「え?
……終わった?」
「そう。名乗りを上げる前に神楽流呪術<霊縛>を広範囲に多重起動した。
これは幽体に直接干渉し、その存在の本質を縛る。
如何に身体機能に優れようが関係ない。
対呪能力に左右されない、まさに正義の御業。
この霊縛の前にはいかなる魔とて抗う事無く棒立ちとなる。
例えるなら『お前はもう芯でいる』というところか。
フフ……哀れなる愚者共よ、あたしの魅力にトキめくがいい」
自己陶酔の感嘆をつき、三度決めポーズを取る明日香。
何故か「カメラはこっちかな」等と呟きながら目線を送ってあらぬ方を見てる。
あのポーズには何か深い意味があるのだろうか?
いささか疑問に思いつつ、明日香の言葉を受け暴徒達の挙動を窺う。
茫然としてる様に見えた暴徒達だったが、明日香の指摘通り微動だにせず立ち竦むのみ。
本質的な意味での金縛り。
しかも持続効果も長そうである。
これなら当座の危険はないだろう。
俺はミーヌに命じ、障壁の解除を促した。
その指示に安堵した様に疲労の溜息を零しながら応じるミーヌ。
莫大な魔力容量は失われてはないものの、多くの能力をヘルエヌに奪われた彼女にとって、この様な消費が激しい術を長時間継続するのは負担が大きいのだろう。
今の彼女は本来持ち得る自らの闇魔術か汎用性の高い『ミーヌ』固有の魔術技能(それだって大したものだが)に依存するしかない。
術を施行する際には術者の技能や才能が大きく物を云う一面がある。
ミーヌは技量は勿論、才能と固有能力で魔術施行を補ってきたのが大きい。
それは例えるなら広大な湖からバケツで水を必要分汲み出す事に似ている。
技能とはバケツを大鍋に変え効率化を図る事。
才能とは手際良く水路を形成し、根本的に作業を変容させる事。
これらを踏まえて明日香の手並みを覗うと、その技量もさる事ながら才能の高さが思い知らされる。
明日香の解説を信じるなら、彼女が施したのはアストラルに強制干渉する術。
高位導師がかろうじて行えるであろう術を多重に、しかも広範囲に施行する等、平凡な術者の技量と才能を遥かに超越している。
奇矯な言動や行動に目を奪われがちだが、この明日香という娘、サクヤの懐刀である御三家でも術に優れると豪語するだけの実力を兼ね備えているのは確かだ。
「その霊縛に呪的容量を割いて浮遊術が間に合わなかったのは誰でしたっけ?」
「まったくだ。神楽家特有の常在型身体保護の緩衝結界を纏ってるからいいものの、普通なら重傷だぞ。
目先の受けだけを狙うのでなく、もっと先を考えて行動すればいいのに」
感銘を受ける俺とは別に、明日香に対し思い思いの駄目出しをする恭介と楓。
二人の無慈悲な言葉に、可愛らしい顔を真っ赤にしながら明日香は反論する。
「うぬぬ……ええい、黙れ黙れ!
お前達の危機に颯爽と現れたあたしに対し、何だその言い草は!」
「だって頼んでませんし」
「まったく」
「だ、黙れ愚鈍共ぉ!
せっかく恭介と楓にこっそり仕込んだ盗聴符から状況を把握し駆けつけたというのに、何で感謝されない!
これじゃ来た意味が……あっ」
「盗聴……?」
「いや、あの……今のは言葉の綾で……」
「明日香……貴女、そんな事してたの?」
「ち、違うんだ!
そんなカッコイイ出方を待ってたとか、決めポーズと前口上は何にしよう?
とか、そんな浅はかな事を考えてた訳じゃないんだ!」
……喋れば喋る程。
弁明すれば弁明する程、ドツボに嵌る明日香であった。
「これは少しお仕置きが必要ですかね……」
「身体で覚えて貰わないと懲りない様ですから」
物騒な笑みを浮かべ明日香に近付く二人。
あぶら汗をダラダラ流しながら引き攣った笑いを浮かべる明日香。
次の瞬間、その三人の身体が各々別個に宙へ舞う。
無論俺もミーヌを素早く抱きすくめ、宙へ舞っていた。
俺達のいた地面に闇の咢が大きく開けられ、何も喰い入れられなかったのを惜しむ様に閉ざされたのだ。
安心した瞬間を狙う、えげつない術の施行……ヤツの仕業に違いあるまい。
さらに連動するかのごとく多数浮かび上がる妖魔召喚の魔方陣。
成程。
人質としての価値が無くなったなら、次は召喚の為の生きた魔力源にすると。
あの腐れ外道、人道を無視した徹底的な効率主義だ。
俺は無辜なる人々相手に振るえなかった聖剣を構える。
先程は伸ばした洸顕刃で暴徒達の洗脳術式を断ち切る事も可能だったが、干渉媒介が曖昧で人々を傷付ける恐れがある、とヴァリレウスから警告された為に思い切れなかった。
だが妖魔相手なら問題はない。
ただ懸念すべきはその数だろう。
暴徒達を囲む様に現れる魔方陣はその数を更に増してゆく。
少なく見積もっても千は超えそうだ。
「ちっ……厄介な事態になったな」
「うん。これを対処するのは相当大変だぞ、アル」
俺の零した独り言に応じるミーヌ。
その言葉を聞き止めた恭介が、俺達の方を見ながら頷く。
それだけで俺は分かってしまった。
最終決戦魔城突入時、同じ様に頷き留まった仲間達。
彼らと同じ顔をしていた。
「駄目だ、きょ」
「行って下さい、アル」
制止しようとした俺の声は穏やかな眼差しの恭介に遮られる。
「だがそれじゃ!」
「このままではいずれにせよジリ貧です。
それに貴方には高速飛行術式があるでしょ?
ミーヌさん一人くらいなら同行できる筈。
行って、ヘルエヌを倒して来て下さい。
アレは生かしておいてはならないもの。
直接対峙し退治出来ない悔しさはありますが、貴方にお任せ致します」
「しかし恭介達が犠牲に!」
「誰が犠牲になるなんて言いました?
感染呪術ならびに召喚術式は大元の司令塔たる術者を叩く。
これが鉄板です。
あと自分達御三家を舐め過ぎですよ。
幻朧姫様を護る御三家は三位一体となって本領が発揮されます。
いけますね、楓」
「承知。
咲夜様の要望もありましたが……今は友人アルティア殿とその相方殿の為に。
そして何より、悪辣外道の輩を討伐せんが為……この大神楓、命を張らせて頂きます」
「上々。
やれるな、明日香」
「ふ、フン。
お前の頼みを聞くのも癪だが、他ならぬ異界からの客人の為だ。
あたしが一肌脱ごうじゃないか!」
「結構。
どうです、アル。
まだ不服がありますか?」
「いや……ない」
本当は言いたい事が沢山あった。
だが恭介達の決意の前にそれも露消える。
この想いを汲まないのは仲間を信じれない証だ。
俺は三人を信じ、任せる。
不思議な事に、恭介の言う通り三人が揃った瞬間からこの三人が敗北する様なネガティブなビジョンは視えなかった。
「宜しい。では早く行って下さい。
敵はここで自分達が食い止めます」
「……すまない、皆。
ここは借りて置くぞ!」
俺はミーヌを抱いたまま光翼を展開。
空を掴み高速飛行に入る。
「皆……御武運を!」
胸元のミーヌが去り様、多様な支援魔法を三人へ施す。
割り切れない苦い思いを噛み締めながら、俺達はヘルエヌのいる東北放送局へ翔んだ。