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89章 体験に拒否る勇者

 8回程連続で夜空に打ち上げられ、終いには拳打の嵐で中空に留まるという壮絶で稀有な体験をした。

 拳打も秒間200発を超えると、人間は重力に打ち勝てるらしい。

 意図しない意外な大自然の法則に感銘を受けた。

 が、二度と体験するのは御免である。

 っていうか俺はミーヌを完全に術者型の後衛と思っていたが、とんでもない。

 キレたミーヌのあの身の熟しはまさに歴戦の勇士。

 全身からは淀みない闘気が立ち昇り、背中に『天』の文字が浮かぶ幻影を視た。

 世紀末覇者というか、拳聖の異名を誇りそうな程の恐ろしさであった。

 俺は痴話喧嘩になったらさっさと降参しようと自戒しつつも、未だ本能の奴隷と化したままなのか、擦り寄ってくる楓に気付け代わりにアゾートの気を叩き込む。


「ぶみゃ!」

「いい加減正気になれ、楓」

「はっ……アルティア殿?

 拙者は一体何を……?」

「悪い夢を見てたんだよ……

 な~んて、慰めると思ったか?

 甘いわ! 

 お前、最初はともかく後半は素面だったろ!?」

「あ、バレましたか」

「バレましたか? じゃない!

 お蔭で俺は地獄を見たんだぞ!?

 気絶しそうになっても痛みで強制覚醒し、

 全身を巡る痛み故に気絶しそうになる。

 地獄のエンドレスタイムだったわ!」

「まあまあ、アルティア殿。

 そんな激昂なさらず。

 ほら、浮気は男の甲斐性と云うじゃありませんか」

「お前が言うな、お前が!」

「……アルってば、また仲良くしてるし……(つん)」

「やれやれ。懲りませんね」

「だーかーら! これは違う!!」


 纏わりつく楓を引き剥がし、拗ねるミーヌを宥め、呆れる恭介に弁解し、俺は涙目になりながら激しく叫ぶのだった。




「それで、アル。

 これからどうするんですか?」


 何とか全員を落ち着かせた後、待機してあった夜狩省の特殊車両へ向かいながらの道中、恭介が尋ねてくる。


「懸念であったミーヌさんは無事取り戻せたし、一度引きますか?」

「何を言ってるんだ、恭介」

「え?」

「これから赴き……

 ヘルエヌをぶち殺す」

「!!」


 淡々と告げた俺の何かを察知したのか、急に距離を取る恭介と楓。

 なるべく感情を込めないつもりだったが自制が効かなくなってるらしい。

 危機感知能力が桁外れに高い二人だからこそ気付くのだろう。

 俺の中で渦巻くドス黒い衝動の潮流に。

 即ち純然たる『殺意』に。


「ミーヌが無事?

 寝言は寝てから言え。

 能力のほとんどを持っていかれ、異界化を形成する魔力の憑代にされた。

 だが、一番赦せないのは俺の愛しい女に手を出した事だ。

 身体を襲われた暴行の傷跡、

 精神に刻まれた凌辱の爪痕、

 これらは拭おうと思っても拭えるもんじゃない」

「ふあっ……」


 傍らにいたミーヌを強引に抱き寄せる。

 ミーヌは抗う事無く胸元に顔を埋める。

 恐怖を思い返したのか、その全身は小刻みに震えていた。

 気丈に振る舞い笑顔を見せていたミーヌ。

 けど怖くない筈がないのだ。

 真族故、人の悪意に疎かったミーヌ。

 おそらく殺意を向けられた事はあっても、剥き出しの悪意をぶつけられた事は無い筈。

 邪悪なる精神の怪物といっても過言ではない、ヘルエヌという存在。

 奴が刻んだ傷跡はこれからもミーヌを苛ますだろう。


「傷は呪文で癒した。

 心は俺が満たしてやる。

 だがな、魂を犯そうとした所業は消えない」

「そうですね……性犯罪者が軽く考えがちな事ですが、肉体面より寧ろ精神面の傷の方が深く癒しがたいものなのですから」

「ええ、拙者も同じ女性として同意致します」

「ああ。だから俺はヘルエヌを殺す。

 憎いとか恨みとかそういう感情だけじゃない。

 同じ人間として生かしておくのが危険で赦せない。

 洗脳術式の事もあるしな。

 だからこれから先は私闘になる。

 二人ともそこはよく考慮して、場合によってはパーティを離脱してくれ」


 俺の言葉に顔を見合わせる恭介と楓。

 そして同時に吹き出す。


「ここまで来ておいて、何を言ってるんです」

「それこそ水臭いです、アルティア殿。

 拙者達は嫌々同行してるのではないのですよ?」

「ええ。自分も、そして楓も。

 貴方に惹かれただけでなく貴方の行動が正しいと思うから共に在るのです。

 ヘルエヌは潰しましょう。

 これ以上ミーヌさんや……名無さんの様な方を生み出さない為に」

「ああ、そうだな」


 乱雑に肩口で切り揃えられたミーヌの髪を梳きながら答える。

 俺の大切な女性は無事ではないも救い出す事が出来た。

 けど、

 身も心も弄ばれ死んだ名無教師。

 彼女の哀れな死に様はまだ鮮明に脳裏に残っている。


「じゃあ行こう。ヤツのいる牙城へ」

「行き先はどちらに?」

「東北放送局……そこに奴はいる」


 俺の言葉に皆無言で頷き車両へ乗り込む。

 かくして車は青葉の城跡を後にし、一路東北放送局へと向かうのだった。




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