8章 要望に案じる勇者
昨日飲み明かした客間には朝食が並べられていた。
炊き立てのご飯に風味が利いた味噌汁。
鮭の塩焼きに摩り下ろした大根。
熱々の卵焼きに箸休めの漬物
パリパリの海苔に納豆。
どれもが<郷愁を駆り立てる>かのようなメニューだ。
……何か違和感を過ぎった。
でも原因を追究しようとするより早く、配膳していた恭介が話し掛けてきた。
「おはようございます、アル。
綾奈嬢も呼び出しありがとうございます。
特にアルは昨晩……いえ、今朝までお疲れ様でした」
「こちらこそ。
恭介の料理と用意された銘酒、確かに馳走でした」
「独身男の手並み草ですが、お口に合ったのなら幸いです」
「いや、俺は世辞は言わないので。
今日も頂いていいんですか?」
「ええ。今組長が……
あっ、おはようございます、組長」
客間の外からトイレか洗面所に行っていたのであろう武藤翁が入ってくる。
「おはようございます、武藤翁。
昨夜は御馳走様でした」
「おお、おはよう。
こっちこそ世話になったな、二人とも。
ああいう旨い酒なら大歓迎だ。また呑もうや。
しかし今朝も美味そうな飯だな。
アルも綾奈も一緒に喰おう」
「では遠慮なく」
「は~い」
「じゃあ……いただきます!」
「「いただきます!!!」」
客室に俺達の唱和する声が響き渡った。
「そういえば、アル。
お前さん人を探してるんだとか言ってたよな?」
朝食を終え食後のお茶を飲みながら武藤翁が話し掛けてくる。
「ええ」
「どんな容姿なんだい?」
「年の頃は俺と変わらないでしょう。
他に特徴的といえば金髪碧眼」
「ふむふむ」
「あとは恐ろしいくらいの美形です。
ただそれは誘蛾の様な妖しさに彩られてますが」
「そうか……実は昨晩飲んでる時に考えたんだが、お前さん学校に行ってみる気はねえか?」
「俺が? 学校に?」
学校と云えば学びの舎。
叡智を追究せし者達の集いし場所。
琺輪世界で有名な所と云えば、
神代から続くと謳われるサーフォレム魔導学院か。
実戦で魔術を磨いてきた俺にはトンと縁がなかったところだ。
「いや、実は俺のコネで入れるところに県内最大規模の高校があってな。
そこならお前さんの探し人も見つかりやすいかと思うんだが」
「しかし俺は……」
「それに……そこには綾奈も通ってるんだ。
お前さんさえ良かったら、綾奈を守ってはくれないか?
儂に出来る事なら何でも支援する。
こう見えても権力という目に見えない力は持ってる。
だが残念ながら昨夜の様な事態には儂の力は及ばないらしい。
ああいう突発的な事態にはお前さんの様な力が必要なのだろう。
昨晩の様な思いは二度としたくない……頼む」
そう言って頭を下げる武藤翁。
やはり交換条件ときたか。
だがこの条件、俺にとって悪い事ばかりじゃない。
地元の有力者である武藤翁の庇護を受ける事が出来る。
けどそれは雑事で。
結局のとこ俺は、自分に不利な事すらきっちり話す武藤翁と、今も不安そうに俺を見詰め期待する綾奈の事を気に入ったのだろう。きっと。
「……分かりました。
この話、受けさせて頂きます」
「おお!! 本当か!?」
「ホント!? ありがとう、アル君!」
大喜びで破顔する二人。
その顔は祖父と孫である故、良く似ていた。
ったく……これじゃ憎めない。
俺は小躍りせんばかりな二人を前に、微笑を隠す様に湯呑みを傾けるのだった。