87章 現界に戻りし勇者
輝きの先、潜り抜けてきた術式兵装による境界が見える。
アレを潜れば現実世界へ帰還できるだろう。
ミーヌと顔を見合わせ、共に頷き合う。
「自分で戻れるか?」
「うん。アルは大丈夫?」
「仲間が構築してくれたポータルがある」
「じゃあ……少しの別れかな」
「何しょげてるんだよ。
ホンの数秒の差だろ?」
「そうだけど……
少しでも、離れるのは嫌なんだ」
「しょうがないな」
俺はミーヌを強引に抱き寄せると耳元で囁く。
「俺の気持ちは知ってるだろ?
先に起きて待ってろ。
いい子で待てたら、ちゃんとご褒美をあげるから」
「うっ……は、はい……」
ミーヌは赤面すると、いじましく頷く。
「じゃ、じゃあ先に行くから。
アルもすぐに来て!」
そう俺に告げ、ミーヌは自ら覚醒へ向かう。
俺の見てる前でその姿は掻き消えた。
事象の停止状態が解除され、無事覚醒出来たのだろう。
俺もすぐに後を追うべく、楓の造ったポータルを潜る。
精神体から現実の肉体に再変換される特有の感覚が俺を襲う。
意志の力が全てを左右する精神体と違い生身の肉体は色々としがらみを背負う。
万能感に満ちた精神体に少し慣れてきていた自分に戦々恐々しながら、俺は鏡による境界を抜けた。
眼を開くと心配そうに俺を覗き込むミーヌの顔が見えた。
周囲を見渡せば暗闇の中スポットライトに照らされる城跡。
どうやら……異界化を形成していた守護者達を斃した事により、術が解除されたらしい。
幾時間も経たないと思うが、気を失っていた様だ。
精神体変換はやはり心身にかなりの負担が掛かるみたいである。
俺は深呼吸をしミーヌの髪を撫でると、背筋を使い勢い良く起き上がる。
「心配掛けたな」
「アル……大丈夫?」
「ああ、体調・テンション共に絶好調だ」
「良かった……中々目を覚まさないから心配したんだよ?」
「お前は心配性だな。
ちゃんと約束したろ?」
「だって……」
「御無事でしたか、アル」
ミーヌといちゃつく俺に、恭介が呆れた様に声を掛けてくる。
「内面世界で何があったか知りませんが……
無事、成功したようですね」
「ああ、お陰様でな」
「フフ……アルのハートをゲットしたのだ」
「そうなのですか?」
「うん! 恭介も喜んで……って、あっ。
もしかして……私とは初めてになるのかな?」
「そうですね。
以前のミーヌさんとはお会いしましたが、多分貴女とは初めてになります」
「そっか……では改めて自己紹介を。
私は琺輪世界の真族に連なる者、ミィヌストゥールという。
今は故あってミーヌ・フォン・アインツヴェールとして生きる事となった」
「ええ、経緯はアルから伺ってます。
自分は……」
「知ってる。綾奈の縁者にして退魔機関の鬼札、神名恭介だ」
「これはこれは。ミーヌさん本来の知識は残ってるのですか?」
「彼女が記憶してたものは私と混在しながらも明確にある。
私の中に彼女がいて、色々助けてくれるという感じかな?」
「驚きました。彼女は亡くなったとばかり」
「ヘルエヌの呪いにより、死の淵に在ったのは確か。
彼女は異界より変換されてきた私と共になる事を望み、一体となった。
だから私はミィヌストゥールでもあるし……
間違いなくミーヌ・フォン・アインツヴェールでもある」
「なるほど……幾つかの疑問が解消されましたよ」
「だから恭介の事もちゃんと知ってる。
前に会った時はありがとう。
私でない『ミーヌ』も喜んでたんだよ」
「いえ、自分は当然の事をしたまでで……」
「フフ……いつも謙虚なんだから。
まあそんなとこも『ミーヌ』は気に入ってたらしいけど」
親しげに会話を交わすミーヌと恭介。
過去の事だろうか?
俺の知らない二人の事。
むむ……少し面白くない。
ただ、それとは別に気になる事があり俺は尋ねてみる。
「なあ恭介、話が弾んでるとこ悪いが……楓は?
楓には是非とも二人で礼を言いたいんだが」
「それは……」
俺の問いに言い淀み、痛ましげに目を伏せる恭介。
そして躊躇うかのように近くの木立の陰を指差す。
そこに倒れ伏すのは、
「楓!」
安らかでありながら、満足げな微笑みを浮かべた。
ピクリとも動かない楓の姿だった。