83章 暗闇に輝きし勇者
目を開けると、そこは無明の闇。
自分すら知覚できない様な暗闇が支配する空間だった。
楓の力で精神体に無事変換出来たものの、どうやらそのショックで気を失ってしまっていたらしい。
まあ他者の内面世界に入るには強い衝撃が伴う様なので、無様だけど仕方ない。
それにお蔭様で懐かしい過去を夢見た。
俺が洸魔術をこの身に宿した時の記憶。
無力感に打ちひしがれ膝を着く俺を照らしてくれた夜明けの光。
比類なき程強大でありながら全てを護り慈しむ存在との邂逅。
あの感動と衝動はまだ鮮明に刻まれている。
他にもフィーナとの出会いやお世話になった傭兵隊長との別れ。
今の俺は、多くの人達に支えられ生きてる。
まずはミーヌを探し出そう。
ここはミーヌの内面である精神世界。
きっとどこかに彼女の自我が眠っている筈だ。
俺は盲目に等しい空間をミーヌの存在を求め駆ける。
幸いな事にミーヌとの間に結ばれたラインは有効だった。
このパスを経由した先にミーヌが居る事は間違いない。
そして程無く、俺は見つけた。
胎児の様に膝を抱え、虚無の海に漂うミーヌの姿を。
何も見通せない闇の中、ただ彼女の姿だけが浮かび上がる。
「ミーヌ!」
急ぎ駆け寄り声を掛けるも返答は無し。
俺はミーヌに触れようとして、
「っつ!」
触れた個所が火花の様に弾かれ、思わず手を放す。
その瞬間俺の心に浮かぶのは、
(嫌い)
他者を拒絶するミーヌの意志だった。
これは……どういう事なのだろうか?
痛みを堪え俺は更に触れてみる。
熱い衝動が刃となり、俺を襲う。
断片的な心の欠片がミーヌから穿たれていく。
(嫌い、嫌いだ)
(私を拒絶する世界も)
(私が幸せになれない世界も)
(何で私ばかりが)
(私では皆を幸せに出来ない)
(私ではアルに相応しくない)
(私では……こんな私では……
生きている……価値がない……)
全てを否定する哀しい意志。
普段健気で元気に振る舞うミーヌだったが、こんな思いを秘めていたのか?
ならば精神を弄る術式を交えたヘルエヌの陰湿な攻めに屈し掛けてしまうのも理解出来る。
あれは精神の魔物だ。
人の本質を把握し、最も映し出したくない本性を狙ってくる。
一度はその安寧を受け入れ掛けた俺だから余計にそう思う。
特にミーヌは暗天蛇たる過去が自分を縛り「幸せになってはいけない」と自分に言い聞かせている気がする。
繰り返し囁かれるそれは最早、呪いと一緒だ。
時折ミーヌの顔に翳が差すのもそこから来てると思われる。
でもな、ミーヌ。
そんな事はないんだよ?
誰にでも幸せになる権利はあるんだ。
自らが望む未来を勝ち取る為、俺達は歩み続けなくちゃならない。
休むのはいい。
けどまだお前は歩ける筈だろう?
ミーヌの心へ触れるべく、再度手を伸ばし掛けた俺。
その時、インバネスがひとりでに翻るや無数の何かが勢い良く飛び出してくる。
「これは……」
それは無数の折り鶴だった。
それぞれがそれぞれの想いを秘め、頑なに心を閉ざすミーヌに向かっていく。
(好き)
(好き、好きです)
(貴女がいる世界が)
(ミーヌさんが幸せになれる世界が)
(僕達はいつも助けられてきました)
(あたし達はミーヌ様といるのが幸せでした)
(オレ達ではミーヌ君に相応しくないかもしれない)
(けど、もう一度微笑む姿を見たいです!)
それは剥き出しの願いだった。
折り鶴に込められた皆の祈りは俺と共に精神体に変換され、予想外の結果を招いている。
ミーヌに触れる度切ない想いと火花を散らす折り鶴。
その都度ミーヌの可憐な眉間が蠢き、覚醒へと促す。
「ミーヌ……お前は自分が嫌いなのかもしれない。
でもさ、お前を慕ってくれたこの人達の想いまで嘘だというのか?
お前に戻ってきてほしいと願うこの純粋なる祈りすらも。
人は誰しも孤独で哀しい。
だからこそ寄り添い合うんじゃないかな?
欠けたピースを互いに埋め合う様に。
自分には生きていく価値が無い、なんて悲しい事を言うなよ。
ならば共に作っていこう……
俺と、一緒に!!」
万感の想いを込め、俺は洸魔術の始原にして至言たる魔術を唱える。
「真光<トゥルーライト>」
洸魔術師が最初に覚え、最初に宿す光。
無限光明神の根源たる暁にも似た優しく眩い閃光。
俺から放たれた輝きは瞬く間に空間へ広がり、ミーヌの心に巣食いし闇を駆逐していくのだった。