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82章 戦場に目覚る少年

 剣は折れ、全身は自らか他者か判別がつかない程血に塗れている。

 既に身体の感覚は無く、自分が本当に生きてるのかも曖昧だった。

 流れる汗に視界が霞む。

 激しい動悸だけが辛うじて自己を擁立してる。

 酷い戦いだった。

 人族と魔族の幾度目か分からない小競り合い。

 峠を境に行われた遭遇戦は泥沼の要素を孕んでいった。

 夜襲に奇襲、追い打ちに待ち伏せ。

 俺が所属していた傭兵隊も、騎士団の捨て駒にされ壊滅状態だ。

 最もその騎士団も先程全滅したと物見の斥候から連絡が入った。

 捨石だった俺達が辛うじて生を掴み、囮を設置し逃走した騎士団が死に掴まる。

 因果とは皮肉なものだ。

 しかしそういう俺も、もう動けないそうにない。

 バラバラに散開し魔族から逃げる時に体力を使い過ぎた。

 初陣となった今回の戦。

 俺は骨の髄まで思い知らされた。

 集団戦では個人の武勇など趨勢を期するに至らない、と。

 卓越した技量を持つ父の的確な指導もあり、15という齢で考えれば俺はかなりの腕を誇る。

 だが戦場ではそれがほとんど役に立たない。

 大切なのは団結の力。

 個としての我ではなく、群としての結。

 個人の武の腕より統一された集団が繰り出す攻勢こそが優劣を決める。

 そう俺に教えてくれた隊長は、俺達を逃す為に死んでしまった。

 自分の腕を鼻に掛けた小生意気な俺を、それでも可愛がってくれた隊長。

 もう少し素直になって甘えていれば良かったと後悔する。 

 いや、後悔するなら故郷に残してきた人々の姿が一番に浮かぶ。

 父や自警団の仲間、素朴で優しい村人達。

 そして何より……大切な幼馴染の顔。

 一旗揚げてやると勇み村を出て来た俺だったが、結果はこの様だ。


「お前には苛烈な意志はあれど、覚悟が足らん」


 そう俺を窘める父に反発した俺だったが、どうやら父の言葉は正しかった様だ。

 何処とも知れぬ場所で、誰に看取られる訳でもなく俺は死に逝こうとしてる。

 周囲には誰一人いない山。

 薄暗い闇が傍に忍び寄る。

 血が流れ過ぎた身体が寒さに震える。


(ああ、人は孤独だな……)


 このまま逃げる事を止めじっとしてれば、すぐに魔族達に見つかり嬲り殺されるだろう。

 いや、そんなに時間は掛からないかもしれない。

 治療をしないで動かなければそれだけで体温を失い俺は死ぬ。

 死ぬ。

 死ぬ。

 死ぬ。

 死か……これが、俺の死か。

 酩酊した様にぼやけた頭が過去の記憶を呼び覚ます。

 彼女は……あの時の少女は怖くなかったのだろうか?

 自らの絶対的な死を前に何故笑って死ねたのだろう?

 俺には分からない。

 ただ、もう一歩も動けない。

 動きたくない。

 全てを覆い尽くす無力感に打ちひしがれ、俺は膝を着く。

 その時だった。


「光……?」


 戦場を照らす夜明けの光。

 眼に眩しい穏やかな光が視界に入る。

 山間の木々を潜り俺の身体を照らし出す光。


(何て温かいんだろう…)


 身体を温める優しい木漏れ日。

 闇を切り裂く光。

 無限なる輝き。

 慈愛を以って万物を照らし出す日輪。

 俺はそんな当たり前の事が嬉しくて笑ってしまう。


「ああ、綺麗だな……」


 そう呟いた瞬間、天啓とも云える『声』が聞こえた。


(汝は答えを得た)


 それは今まで感じた事もない程強大で、

 その癖全てを護り包み込むほど慈しみを孕んでいて。

 だから俺は混乱する訳でもなく、その声の主が胸の奥に宿ったのが実感できた。

 何故ならばそれは光。

 生きとし生けるモノに平等に降り注ぐ恩寵たる存在。

 未だかつてない高揚感が俺の身体を駆け巡り、

 次々と眠っていた魔力回路を覚醒、新たな活力源となる。

 俺は父から教わった<気>の他に、今まさに<魔力>が始動したのを知った。

 そう、これこそが魔術を宿すという事なのだろう。

 誰でも内包する気と違い、魔術を扱うには二通りある。

 学問として得る魔術と、生き方としての魔術だ。

 魔術は学問でもある。

 故に基礎理論を学び高位次元へアクセスする方法を刻めば魔術の施行が可能だ。

 魔術は哲学でもある。

 故に高位次元存在が望む生き方を実証した者にはその力が宿る。

 俺が今この身に宿したのは洸魔術の主たる分霊。

 無限光明神アスラマズヴァーの力の一端だった。


「帰ろう……皆の所へ」


 俺を待つ人々の所へ。

 笑顔で「ただいま」を言う為に。

 全身を巡る魔力による不思議な感覚。

 不愉快ではなく、むしろ清々しい。

 まだこれを形に出来ない為魔術は使えないが、

 魔力が満ちるだけで心身が活性化される。

 折れた剣を支えに立ち上がると、

 味方がいると思われる方角へ重い足を進める俺。

 夜明けはきっと来る。

 簡単に諦めたり屈したりするものか。











 ちなみに後日談。


 満身創痍で下山した俺を救ってくれたのが後に冒険者仲間となるフィーナを含む王都の救助隊だった。

 まだ俺と同じ駆け出しの神官だったフィーナの手荒い治療と説教で帰郷が遅れたのも……今となっては懐かしい思い出である。


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