81章 幽界に飛びし勇者
神々が持つ事象干渉能力とは何か?
本来、事象とは物質世界<アッシャー>に置ける事柄の現れ方。
あるいは確率論で、標本空間の部分集合のうち特別に選ばれたものを指す。
これらを統合するとその本質が観えてくる。
つまり事象干渉とは「自らが望む現実を世界に書き換える」能力という事が推測できる。
神々の能力とは過程が合って結果があるのではない。
結果が前提として在り、故に過程が導かれるのだ。
これは大変に恐ろしい力である。
例えば事象を「否定」したとしよう。
その瞬間、対象となったモノは在る事が世界から否定される。
本人の抵抗など関係ない。
本質的な意味での消滅、即ちイデア・ロストとなる。
例えば事象を「拒絶」したとしよう。
その瞬間、対象となったモノは過去を遡り絶対的に拒絶される。
概念や状態など関係がない。
絶対的な意義の防御であり復元能力となる。
これらを踏まえて今現在ミーヌが陥ってる、事象の「停止」を考えてみよう。
死ぬ事や苦しみに負ける彼女ではない。
だけど失いたくない何かがあったのだろう。
生命の危機に彼女が望んだのは現実世界からの乖離であった。
完全に能力を使いこなせないながらも事象干渉能力を持つ彼女は願ったのだ。
「我が全てよ停滞せよ」と。
こうなれば世界から切り離されたのに等しい。
何人も彼女を侵せないし何事も変えられない。
世界の終末まで彼女はこのまま在り続ける事となる。
まあ理解しやすく言うなら、究極レベルの引き籠りとなったのだ。
「よってミーヌ殿を叩き起すにはアルティア殿の力が必要となります」
形の良い耳と胸を張りながら楓は言った。
眼のやり場に困るから無自覚なのはやめてほしい。
しかし楓の提案に恭介は懐疑的だ。
首を傾げながらも楓に尋ねた。
「具体的にはどうするんです?」
「拙者の術式兵装を以って咲夜様の神力を加工し、事象干渉できる導具と為す。
アルティア殿にはその隙にミーヌ殿の内面世界に潜行し、停止状態の解除を願い出て欲しいのです。
それは彼女に最も近しい者にしか出来ぬ事ですから」
「成程な……俺がミーヌから受けたのも似たような手法だった。
つまりもう一度自己を構築出来る様、語り掛け促す……ということか?」
「然り。ですがこれにはリスクが伴います」
「ああ、分かるよ。
精神体になり潜行する方法故、内面世界でどんな目に遭うか見当が尽かないという事だろ?」
「そこまで御存知でしたか」
「前例があってな……まあ、対象者は俺だったんだが。
こう見えても結構大人しい内面だと思ってたが……ミーヌは酷い目に遭ってた。
免疫・拒絶防御術式を纏ったミーヌであれだ。
無防備な状態だったら最悪廃人に成り兼ねない」
「それでも……やる、と?」
「当然だ。まだ結果は出てない。
彼女を……ミーヌを取り戻す為なら俺は自らが傷付くのも厭わない」
「愛、ですね」
「いや、誇りだ。
ミーヌは俺に誇りを思い出させてくれた。
今度は俺がそれに報いる番だ」
「……少し、ミーヌ殿が羨ましく感じました。
そんな風に想って頂ける殿方がいるのは女子として最良でございましょう。
拙者にもその様な方がいたら……戯言ですね。
今はミーヌ殿の復帰に全てを注ぎましょうか。
ではアルティア殿、御準備はよろしいか?」
「おう。いつでもこい」
「ではいきます……
大神流術式兵装奥義<八咫鏡>!」
楓がミーヌの上に耳飾りを翳し力を注ぐ。
瑠璃色に輝く芳珠が鏡面の様に形状変化し澄み渡る。
その内面に映るのは漆黒の闇。
蠢きを上げ招く様に轟き続ける。
「今です、アルティア殿!
限定的とはいえミーヌ殿の事象停止を中和・解除致しました。
今なら肉体面は無理ですが、精神面への干渉を行う事が可能です。
この鏡は現世と幽世の境。
潜り抜ければ精神体へ自動変換、ミーヌ殿の内面世界へダイブ出来ます!」
「恩に着る、楓!」
俺は楓に礼を告げるやインバネスをはためかせ鏡へと身を躍らせる。
大切な人を取り戻す為、何より俺自身の望みの為に。
俺はミーヌの内なる世界へ飛び込むのだった。