表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

81/198

80章 矛盾に反する勇者

「アル……」

「アルティア殿……」


 自分と同様、大穴を潜り抜けてきた恭介と楓が俺の背に声を掛けてくる。

 どうやら無事に門番であったサトリを斃してきたらしい。

 しかし俺は二人の声に答える事無く、動く事ないミーヌの頭を優しく抱きながら震えてるのみだった。

 何が光明の勇者だ。

 何がお前を守るだ。

 俺は、一番大切な人の些細な幸せさえ守れなかった。

 こんなに大事に想っていたのに。

 こんなに愛しく想っていたのに。

 彼女は、ミーヌ・フォン・アインツヴェールはもう振り返らない。

 移りゆく事態に対して何も出来ないというのはこんなにもつらいのか?

 俺は母を失ったかつての父の姿を思い返す。

 病床の母を置き、今だからこそ分かるが辺境の復興に努めていた父。

 高名な冒険者として高潔な行為に魂を注ぐ日々。

 だが俺は母の墓の前で泣き崩れた父を知っている。

 父だって本当は母に寄り添い最後まで看取りたかったに違いない。

 大切なものを守る為に大切な人を失うという矛盾。

 父は、こんな痛みを乗り越えていったというのか?

 自己矛盾ともいえる自分に疑問は抱かなかったのか?

 その時、俺の胸の奥で昏く静かに蠢く仄かな闇。


(そっか……

 アイツは、ここにもいたんだな)


 目を閉ざせば、いつでも控えめに……でも悪戯っぽく微笑むミーヌの顔が思い浮かぶ。

 こんな情けない姿をいつまでも晒す事をミーヌは望んじゃいない。

 俺は涙を袖で拭い顔を上げる。

 まだ事態は終わってしまった訳じゃないんだ。

 例え出来る事は少なくとも、俺は俺の為せる事を探す。

 恭介や楓だってきっと協力してくれる。

 絶望に心を折れるのは、まだ早い!

 ミーヌを優しく横たえると、俺はゆっくり立ち上がり振り返る。

 そこには心配そうに俺達を窺う恭介と楓、二人の姿。

 俺は腫れぼったい瞼を歪に崩しながら、何とか苦笑してみせる。


「心配掛けたな、二人とも」

「アル、ミーヌさんは……」

「ヘルエヌ曰く、命の危機を感知したのか、自ら事象停止状態に入ったらしい。

 こうなってしまうと何者にも侵されない不動の存在となってしまう。

 要はこの世界から断絶されたともいえるな」

「そんな……事象干渉は人非ざる神々の御力。

 ミーヌさんは神々に等しい力を持ってるのですか?」

「夜狩省でどこまで追ってるか分からないが、

 ミーヌはヴァリレウスと同じ琺輪世界の神々に連なる系譜の転生体だ。

 よって完全ではないもある程度まで事象干渉能力を持ってる」

「成程……半年前に入院していた時から魔力波動限界値が飛躍的に増大してたとは思いましたが、そういう経緯があったのですね」

「以前からミーヌの事を知って?」

「ええ、ヘルエヌの動向を探るのにも同じ結社の構成員でしたからね。

 まあ心配は杞憂で、彼女の父であった前首領と共に東北支部に御挨拶に来て下さいましたよ。

 身内の不祥事は身内が始末したい、と魔術行為施行承諾の意を幻朧姫様に。

 その時と随分様子が違うので疑問に思ってたのですが、やはりヘルエヌの呪詛で前ミーヌさんは亡くなったのですね」

「ああ。異世界から同一存在であるミーヌが転生してきたのは、彼女が亡くなったまさにその時だ」

「書き換え<リライト>の術式ですか?

 噂には聞いた事がありますが、本当に成功するとは」

「元来、俺とミーヌは勇者と神々に連なるとはいえ、人に仇為す魔族の女王という相反する関係だったんだ。

 最終決戦で相討ちとなった俺をミーヌが共に救ってくれた。

 この日本に転生したのはそんな経緯がある」

「ようやく理解出来ました。

 貴方達の存在と関係が一部不明だったのですが、そういう由縁があったとは」

「大まかな概要はこんな感じだ。

 そこで二人に訊きたい。

 何とかミーヌを救い出す手段はないか?

 事象干渉は神々の御力。

 人の手が及ばない事は重々承知している。

 それでも俺はミーヌを救いたいんだ!」

「アル……流石に我々では……。

 夜狩省本部なら可能かも知れませんが」

「頼む! 何でもする!

 ミーヌを、俺の何より大切な人を救ってくれ!!」

「一つだけ手はありまする」


 頭を下げる俺に冷徹に投げ掛けられた言葉。

 驚愕に頭を上げた先、厳しい顔をした楓の姿があった。


「本当か、楓!?」

「ええ、現状でミーヌ殿を救う事を可能とする只一つの可能性。

 それには命の危険が伴います」

「頼む、僅かな可能性でもいい。

 命の危険だろうが何だろうが、俺に出来る事なら何でもする」

「良いのですね?」

「ああ、覚悟は出来てる」

「ならばアルティア殿、咲夜様から貸与された耳飾りを御貸し下さい」

「これか?」


 サクヤから借り受けた耳飾りを楓に渡す。

 確かに莫大な神力を秘めてるとは思うがこれでどうするというのだろうか?


「アルティア殿、この耳飾りは咲夜様の御力を秘めております」

「ああ」

「これを今から<術式兵装>致します。

 そしてミーヌ殿の事象停止状態に干渉する導具に変換し、アルティア殿はその内面へ潜行して頂きます」

「そんなことが可能なのか!?」

「ええ、真神たる咲夜様の御力なら可能です」

「ならばすぐにでも掛かってくれ!」

「お待ちください、アルティア殿」

「何だ?」

「専属の術者でない拙者の技量では、アルティア殿に害を及ぼす危険性が多々ありまする。

 それでも拙者を信じる、と?」

「何言ってるんだ、楓。

 友人を疑うなんてそんなことする訳がないだろう?

 信じるっていうのは本来重い言葉だ。

 その人に命を任せる事が出来ないなら気安く友人になるべきじゃないし、信じるなんて言うべきじゃない。

 俺は確かにダメダメな半人前の勇者だったけど、人を見る目は確かなつもりだ。

 だからさ、楓。

 俺は……提案してくれたお前を「信じる」。

 その結果命を喪っても恨み言なんて絶対言わない。筋違いだしな」

「貴方という方は本当に……畏まりました!

 大神楓、一族の誇りに賭けても御二人を救ってみせます!」


 俺の言葉に華々しい笑顔で応じる楓。

 だが楓の案に浮かれる俺は気付かなかった。

 神々が持つ事象干渉に関わるということがどれほどリスクを背負うというのか。

 楓が何であれほど俺に確認を取ったのか。

 その事を、後に激しい後悔と共に思い出す。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ