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79章 絶望に跪きし勇者

 飛翔魔術を使用し、大穴を数秒で潜り上層部へ到る。

 豪華絢爛たる装飾の為された天守。

 惜しげもなく財貨を投じたと思われる内装。

 城下を眺望し、自らの顕示欲に浸る伽藍の堂。

 しかしただ一つの異物が調和を乱していた。


「ミーヌ……」


 そこに、俺の求める彼女はいた。

 堕天を記した逆十字に磔にされ、身動き一つ取れず項垂れ閉眼してるミーヌ。

 その全身には忌まわしき呪力の鎖が蛇の様に淫靡に絡みつき自由を奪っている。

 あたかも「暗天邪」という過去の異名を連想させるかのごとく。

 女性術者の魔力動力炉であり力の象徴ともいえるべき箇所。

 鮮やかに煌めき腰まであった優雅な金髪は無惨に肩口で切り揃えられている。

 更に凌辱こそされてはないが、全身を戯れに殴打した様な痕跡。

 腫れた頬や不気味に青黒く変色した肌が見て取れた。 

 予想はし覚悟を決めてはいたが、その惨状に俺は声を失ってしまう。


「やあアルティア君。

 どうかな? ボクの作品は」


 そんな俺に場違いに陽気な声が掛けられる。

 ノロノロと瞳を動かした先、そこには一台のスピーカーに繋がれた携帯電話が置かれ、耳障りな言葉を紡ぎ出していた。


「腕に縒りを掛けて仕上げてみたんだがどうだい?

 少しは気に入ってくれたかな?」

「ヘルエヌ……」

「ひょっとして気に入らなかったかな?

 言い訳をさせてもらうなら、少々時間が足りなかったんだ。

 凌辱しようにも抵抗が激しくて中々、ね。

 だってレジスト値が高い彼女にはボクでも洗脳を施せないんだもん。

 人質を使って大人しくさせたけど、単純な暴力で暴行するのが精一杯だったよ。

 力の象徴たる髪を切り魔力を簒奪、力任せに全身を殴打。

 抵抗する素振りが見えたら人質による懐柔、反抗する意志を奪う。

 苦悶を堪え耐え忍ぶ彼女の顔は最高だった♪

 しかしさー話は変わるけど、どこで覚えたんだか彼女の魔術は凄いね。

 身の危険を感じたら自動発動する究極の防御<事象の停止>とは恐れ入ったよ。

 この世界から断絶された彼女はもう何者にも侵されない。

 まあお蔭で何も変われず何も為さない人形に成り果てたともいえる。

 もっと苦悶と絶叫のシンフォニーを奏でて欲しかったけど……

 別にいいか。飽きたし」

「ヘルエヌ!」


 押し殺した俺の声に何を感じたのか?

 得意げだったヘルエヌの声が動揺したように止まる。

 何故なら……俺は静かに嗤っていた。

 身の内に荒れ狂う衝動を必死に堪えながら。

 歪に歪む半月が更なる哄笑を呼び覚ます。

 この身に巣食う感情。

 名を付けるならそれは、


「色々ありがとな……

 すぐ、殺しにいくから」


 純然たる殺意。

 怒りとか憎しみじゃない。

 俺はただ一刻も早くヘルエヌという存在があるのが我慢ならなかった。


「はっ……ハハ、いいね!

 いいね、君!!

 ここ半世紀なかったよ、ボクが圧倒されるなんてさ。

 ボクの危機意識に触れるほどの殺意!

 何て素晴らしい!!

 ああ、早くおいでアルティア君。

 ボクはそこからすぐ近くの東北放送局にいるから。

 君にはボク自らが手を下してあげるよ~」

「黙れ」


 俺は無造作に聖剣を振るう。

 粉々に粉砕され消し飛ぶ携帯とスピーカー。

 俺はその行く末を見ず、ただミーヌを見詰め近付く。


「ミーヌ……」


 氷の様に冷たく動かないミーヌの頬を優しく撫でる。

 先程ヘルエヌは事象の停止と言った。

 神々が持つ事象干渉能力。

 それに準ずる力の持ち主であるミーヌ。

 もしヘルエヌの言葉が嘘でないなら、ミーヌは永遠にこのままだ。

 事象を停止した事によりミーヌはこの世界から断絶された。

 <今>という概念から切り離されたのだ。

 このまま世界の終りまでミーヌは美しいその姿のまま在り続ける。


「ヴァリレウス……あのさ」

(無理じゃ、アル。

 妾とてこの子を救いたい。

 じゃが同一なる位階による同質な干渉は受けつけぬ。

 それが事象干渉による法則じゃ。

 この子が卓越した力を持つのが仇となっておる)

「じゃあ……」

(すまぬ、アルよ。

 妾では……力になってやれぬ)


 俺の問いに応じる心底申し訳なさそうなヴァリレウスの念話。

 彼女が指摘した「大変難しい状態」とはこの事を現していたのか。


「そっか……」


 俺はヴァリレウスの返信に素っ気なく答えると、ミーヌを縛る鎖を斬り解放。

 十字よりズリ落ちるその身体を支える。

 事象停止状態故か、冷たく、硬質で、無機質な……愛しい人。

 触る事も。

 囁く事も。

 抱く事も

 こんなに身近にいて行えるのに。

 もう、ミーヌが応じる事はない。

 永遠に囚われてしまったお姫様。


「やっと逢えたのにさ……

 こんなのってズルいよ……」


 ミーヌの頭を抱きかかえながら、脳裏に守れなかった笑顔が思い浮かぶ。

 かつてない絶望を胸に、俺は声を殺し慟哭するのだった。



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