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75章 誓約に振返る勇者

「ドンピシャですね。

 悪い方に、ですが」


 苦虫を潰した様な顔で恭介が呟く。

 鋭いその視線の先は、青葉の城跡に通じる門を封鎖している警官達へと向けられていた。

 白黒に塗り分けられた警備車が門を塞ぐ形で配置され、門を通ろうとする人々を頑強そうな警官達が追い返している。


「普段からああなのか?」

「まさか。霊的にはともかく、一般的には歴史的価値しかない場所です。

 通常なら問題なく入れるのですが」

「どうするのだ、恭介?

 拙者なら『穏便』に制圧できるが?」

「楓……力に頼った一辺倒なやり方はいつか限界がきますよ。

 姑息ですが多少は搦め手も覚えないと」

「ではどうするというのだ?」

「自分達は何ですか、楓?

 何に所属する者です?」

「あっ……」

「自分もあまり好きではありませんが、

 ここは幻朧姫様に仕える者として夜狩省の権力を行使しましょう」

「大丈夫なのか、恭介?」

「御心配なさらず、アル。

 こう見えても夜狩省の権限は大きいのですよ。

 中央ならいざ知らず、地方都市なら状況に応じ官憲に命じられるくらいには」


 嘆息まじりに車を進める恭介。

 そんな俺達を愛想笑いを浮かべた警官達が赤灯を持って制止してくる。


「あ~すみませんねー。

 現在ここは閉鎖中なんですよ」

「何かあったのですか?」

「それは言えません。

 申し訳ないが、Uターンしてすぐにここから立ち去って……」


 警官達に車窓を開けた恭介が懐から出した手帳を見せる。

 それを見た警官達の表情の変化は劇的だった。

 愛想笑いは瞬時に消え、緊迫し緊張したように畏まる。


「五芒星の中に描かれた<サムライ>の文字……

 貴方達はもしかして……」

「ええ、退魔機関『夜狩省』東北支部特務課の神名恭介です。

 とある事件を追ってここに来たのですが……

 これは、どういう事です?

 青葉の城跡を閉鎖する等という案件は夜狩省まで上がってきてませんが?」

「は、はい!

 その……私共もさっぱりで。

 つい1時間ほど前に緊急要請があり、ここを封鎖せよと指令が下りまして……」

「成程。誰が指示を出したのかは判明してますか?」

「いえ、私共も指令センターからの指示で動いてまして……

 生憎見当も付きません」

「そうですか……ならば仕方ありませんね。

 では、ここは自分の権限を以って通させて頂きます。

 構いませんね?」

「いや、それは……しかし」

「駄目なのですか?」

「……分かりました。

 私共は何も見なかったし、誰にも出会わなかった。

 そういうことでお願い致します」

「いいでしょう。ではそのパトカーをすぐにどかして……」


 恭介が言い掛けたその時、車内を烈風が駆け巡った。

 それと共に響き渡る重いモノが地に伏した様な音。


「楓……

 貴女、いったい何を……」


 茫然と問い質す恭介。

 恭介の質問は当然だ。

 何故なら烈風の正体は楓の投擲術によるもの。

 抵抗すら許さない迅さで投じられたそれは、近付いてきた警官達の額に突き刺さった手裏剣なのだから。


「何を言ってるんだ、恭介。

 楓がやらなかったら、悪いが俺が出しゃばってたぞ」

「アルまで……どういうことです?」

「昨夜から事態収拾の情報処理云々による徹夜で洞察力が低下してるな、恭介。

 拙者達に近付いた者達の手中を見てみよ」

「それは……あっ!」


 恭介が驚くのも無理はない。

 今の警官達は、会話をしながらも不自然さを抱かせないほどナチュラルに拳銃を抜き、車中にいる俺達を死角から狙い撃ちにしようとしていた。


「恐らくはヘルエヌの洗脳術式の被害者だろう。

 こんな感じで手駒を増やし街中に配置してるんだろうな」


 かつて琺輪世界を危機に陥れた禁忌の精神干渉系<支配者級>術者を思い出す。

 吸血鬼の様に増殖し、死人の様に蠢く虚ろなる軍勢。

 普通に暮らす人がいつ支配下に置かれたのか、家族でも判別できない。

 隣人がいつ牙を剥くかもしれないという疑心暗鬼が容易に混乱を引き起こし、

 その疑惑が更なる混沌を呼ぶ。

 果てしない消耗戦の末に国や街が滅んだのも理解出来る。

 こんな事は止めなくてはならない。

 外道の魔術師、ヘルエヌ・アノーニュムス。

 使い潰された名無教師の最後を思い返しながら俺は改めて誓い直すのだった。


「しかし楓、何も命を奪わなくとも……。

 貴女なら幾らでもやり様があった筈なのでは……」

「はあ……本当に大丈夫か、恭介?

 拙者が投じた手裏剣は何だと思う?」

「……あ、まさか」

「そう、大神流絶技<術式兵装>だ。

 今のは解呪の術を手裏剣に具象化し、それを以って射抜いた。

 洗脳術式とやらも軽度の汚染度ならこれで解ける筈だ。

 まあ少々ショックで昏倒してしまうかもしれないが」


 呆れた様に恭介に解説する楓。

 恭介は納得がいったように頷いていた。


「楓、質問していいか?」

「何ですかな、アルティア殿?」

「今使った<術式兵装>やらはもしかして……」

「ええ、符や魔導具などから得た術式を具象化マテリアライズし己が武装とする。

 拙者達大神一族の絶技になります。

 具象化された武装は術の特性と属性を兼ね備え持つ。

 こうすることで闘技と術を併用する事が可能となるのです。

 難点は長時間の維持が出来ない点ですね。アレを」


 肩を竦めた楓が示した先、形が崩れ自壊する手裏剣の姿があった。

 継続時間に難があるものの、どうやら俺の洸顕刃に似た秘儀らしい。


「他にも術具が使い捨てになる為、補充がし辛いという欠点もありますが……

 神々の助力が無ければ何も出来ないどこぞの一族とは違い、単独でも闘い抜けるのが拙者達大神一族の誇りです」

「ん~もしかして喧嘩を売ってますか、楓?」

「そう聞こえたならそうかもしれないな」

「よく吠えますね、術具が無ければ素早いだけのイタチ娘が」

「真名の体現が無ければ只の怪力馬鹿よりマシだと思うが?」

「ほほう……」


 運転席と助手席、互いに横目で睨み合う。

 まさに一触即発の雰囲気。

 俺はまたも溜息をつくと二人の間に割って入り盛大に柏手を打つ。

 虚を突かれたかのように距離を置く二人。


「ほら、私情は後だ。

 悪いけど恭介、運転を頼む」

「あ、ええ。すみません……少し動揺してたみたいですね。

 すぐに発車します」


 慌てた様にギアを入れ車をスタートする恭介。

 パトカーを迂回しながら器用に間を抜けて行く。

 クシシ、と獣耳を立たせ意地悪げな笑みを浮かべる楓も叱っておく。


「楓、何かと恭介に突っ掛かるのは悪い癖だぞ。

 特に今はサクヤの名代として同行してるんだから。

 罰として罰は無しだ」

「そ、そんな御無体なアルティア殿……!

 一族の禍根があるとはいえ、今のは拙者が悪かったです。

 ですから何卒罰を下さい……後生です」

「いいや。お前には罰を与えないのが一番の罰になりそうだ。

 よって罰は与えない」

「殺生な御方だ……

 冷たい言葉も、荒々しい行為も賜れないなんて……拙者は悲しい。

 ん? いや待て。

 これは高度な駆け引きが入った放置プレイだと思えば……!!

 くふぅ……恐るべしアルティア殿……

 流石は咲夜様が認めし御方よ……」


 何やらブツブツと悦に浸る楓。

 俺達は意図的にそれを無視して、車は一路門を通過するのだった。


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