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72章 感涙に咽びし勇者

 先導役の恭介に案内され、サクヤの鎮座していた施設最下層より上層部へ向かう俺達。

 所々光が差し込み、コンクリート剥き出しの壁が洒落た壁紙へと変化し始める。

 すると呪的防御に優れるが無機質だった内装もホテルや公共設備を連想させるものへ変わっていく。

 やがて一際大きな広場に出ると、中には多くの人が談話したりテレビやゲームなどで寛いでいた。


「ここは?」

「夜狩省東北支部の上層部、シェルタードームです。

 有事の際には千人が避難できる緊急避難場所に指定されてます。

 貴方や自分の知己、そして武藤組や学友の方々などヘルエヌのターゲットになりそうな主な人物に声を掛けここに避難を願いました。

 勿論ここに避難してる間の衣食住はこちらで受け持っております。

 ただ……御理解頂けない方も少なからずいらっしゃいまして、そういった方々がミーヌさんを誘き出す囮に使われたのは自分達夜狩省の落ち度、痛恨の極みです」


 悔しそうに壁を叩く恭介。

 恭介の言ってるのは教会にいた生徒達の事だろう。

 たまたま俺が間に合ったから良かったものの……出血もかなりあり危険な状態だった。

 ミーヌに魔力を譲渡されていなかったら、回復魔術に優れない俺では救い切れなかったかもしれない。

 更に云うならアゾートによる状態治療の併用も有効だったのだろう。

 そうでなければ命は救えたかもしれないが、脳に血が回らず重大な障害が発した可能性があった。


「その子達は?」

「無事です。

 アルの適切な対応のお蔭で後遺症も無い様です。

 今機関の息の掛かった病院に入院し経過を看てます。

 腕利きの術者を派遣してるので、ヘルエヌ本人が来ても問題ない筈です」

「恭介、その術者とは……もしかして奴の事か?」

「そうですよ、楓。

 口と態度は悪いが、あいつの腕前は残念ながら東北支部有数。

 ならば精々皆の為に働いてもらいましょう」


 嫌そうに尋ねた楓に吐き捨てる様に応じる恭介。

 対象となってる人物は随分嫌われているらしい。


「ちょっと訊いていいか?

 そいつってもしかして恭介達の幼馴染の……?」

「そうですよ、アル。

 幻朧姫様の剣たる神名<カムナ>

 幻朧姫様の索たる大神<オオガミ>

 幻朧姫様の術たる神楽<カグラ>

 自分は幻朧姫様に仕える主流御三家の一角になります。

 こちらの楓もその末ですね。

 他にも神地<コウジ>姫神<ヒメカミ>神影<ミカゲ>など、役職事に分家を含み八家ありますが御三家の者を覚えて頂ければ問題ないでしょう。

 先程からちらはら話に上がってるのは神楽家の者でして……

 まあ楓とは違う意味での性格破綻者です。

 腕はいいのですが」

「へえ~そいつは是非会ってみ」

「あれ!? アルじゃねえ?」

「あ、ホントだ! みんな~アル君が来たよー」

「マジか? 今いく!!」


 興味を持った俺が恭介に話し掛けた時、級友の見知った者達が俺を見つけて指差し、騒ぎ出す。

 真っ先に応じたのは騒動に巻き込まれるも無事だった綾奈だ。

 離れが火事、召喚された妖魔群の襲撃を受けるという散々な目に遭わせてしまったのに俺を見て忌避するのでもなく変わらない笑顔を見せてくれた。

 いや、それは綾奈だけではない。

 僅か数時間とはいえ共に過ごした級友達、皆が集まり次々と俺に笑顔で声を掛けてくれる。


「事情は聞いたぜ、アル。大変だったな」

「怪我は大丈夫?」

「俺達で手伝える事があれば何か言えよ」


 計算の無い純粋で俺を気遣う温かい言葉。

 不意に熱い何かが込み上げてきて涙が出そうになるのをグッと堪える。


「皆……面倒に巻き込んですまない」


 俺の本心からの謝罪に級友達は虚を突かれた様に目を見開く。

 次の瞬間、俺は大きな明るい笑顔に包まれた。


「な~に言ってるんだよ! 別にアルのせいじゃねえし」

「お前だって頑張ってくれてたんだろ? すっげーありがたいよ」

「そうよ、アルくん。何でも背負いこまないで?」

「みんな……」


 感涙しそうになるのを必死に頑張る。


「しかし許せないのはテロリストの奴等だよな~」

「ええ、あたし達の学園を襲撃しただけじゃなくミーヌさんを誘拐するなんて!」

「やっぱマジもんのお姫様は違うんだなー」

「アルが対テロ用の訓練を受けた要人警護の軍人というのも驚いたけどな。

 でもそれならあの強さも納得いくわ」

「だよねー。ゴリけんが一撃だったし」


 ……ん?

 口々に話し合い頷き合う級友達。

 だが話される内容が意味不明。

 俺は横目で恭介を見やり事情を求める。

 恭介は苦笑しながらも小声で囁いてきた。


(そういう事にしておいて下さい。

 貴方達が屋上で騒ぎを起こしたのを目撃してた生徒達が何故か学園がテロリストに襲われてると思い込んだらしく怪しい噂になってます。

 ミーヌさんが狙われるお姫様で、貴方は身分を隠し潜入した警護の軍人という荒唐無稽な設定です。

 けど夜狩省としては避難を促すのに便利なので乗らせて頂きました)

(成程……何故か誰が噂を流したのか、心当たりが一人思い浮かぶけどな)

(ええ、自分もです)


 俺達の視線の先、可愛く舌先を覗かせる綾奈の姿があった。

 まったく大した情報操作能力だよ、ホント。

 琺輪世界なら流言の魔術師の異名を誇りそうな手並みだ。

 苦笑し合う俺達。

 そこに割って入ってくる異質な集団。

 級友を含む生徒達の列が自然に左右に分かれてゆく。

 明らかに堅気でない雰囲気が漂う黒服達を伴いやってきたのは、


「武藤翁……」

「アル……随分と心配したんだが、もう大丈夫なんだな?」

「はい、お陰様で」

「そうか……お前さんには色々世話になっちまったが……

 行くんだろ?」

「はい。御迷惑をお掛けしました」

「な~に言ってるんだ。

 お前さんがいなかったら今頃組どころか孫や儂の命もなかったろうよ。

 迷惑だなんてとんでもねえ」

「しかし武藤翁、俺の不手際で色々と」

「なあ、アルよ」

「は、はい?」

「儂はな、美味い酒が好きなんだ。

 お前さんや恭介と飲む酒は格段に美味かった。

 だから……また呑もうや」

「……はい!」


 武藤翁の呟く武骨でも優しい言葉。

 俺は固く思いを握りこむと大きく返答する。

 恭介に誘われここへ来て良かった。

 俺やミーヌを大切に思う人達。

 それだけで俺は闘う事に意義が見い出せる。


「アル君……行っちゃうんだね?」

「綾奈……」

「少し惹かれてたけど、ミーヌさんとの間には割り込めなかったかな」

「すまない……綾奈の気持ちはすごく嬉しい。

 でも俺は……孤高で強がりな癖に寂しがり屋なアイツの傍にいてやりたいんだ」

「うん。それでいいと思う。

 何もかも正反対な二人だけど、だから相性がいいかもね」

「綾奈……」

「ミーヌさんの事、絶対救い出してね?」

「ああ、任せろ。

 勇者とか称号に縛られない……

 溢れる想いの命じるまま、ミーヌを救い出してみせる」

「フフ……格好いいよ。

 勇者じゃないアル君も充分凛々しくてカッコイイな。

 っと、見惚れてちゃ駄目だね。はい、コレ」

「コレは?」

「千羽鶴。まだ全然足りないけど。

 ミーヌさんの安全を祈願して皆で折ったの。

 コレくらいなら邪魔にならないでしょ? 

 良かったら持って行ってくれるかな?」


 皆の願いが込められた小さな折鶴の連なり。

 その想いを受け取り、俺は熱い衝動を緩やかに押し宥める。


「ありがとう。

 皆の想いは……

 絶対!

 絶対!!

 絶対!!!

 無駄にしないから」


 立ち去り難い思いを振り切り俺は踵を返す。

 インバネスに、数多の祈りを忍ばせて。

 皆からバトンは受け取った。

 ならば次は走り出す番だ。


(待ってろよ、ミーヌ。今行く)


 俺は楓と恭介を伴い足早にドームから立ち去るのだった。



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