70章 遭逢に鉢合う二人
「御無事でしたか、アル」
ゲートを潜り神域から戻ってきた俺に、帰還を待ち受けていた恭介が話し掛けてきた。
ブーツの靴跡が付いた俺のインバネスを痛ましそうに見やるも、五体満足な俺の動きに安堵の表情を見せる。
「その様子ですと……上手く幻朧姫様の力添えを得られたようですね」
「ああ、お蔭様でな。
ありがとう、恭介。
俺一人だったら完全に手詰まりだったよ。
まあサクヤのアレには困ったが」
「やはりアルも犠牲になりましたか。
アレがなければ支部長も立派な守護者なんですが」
苦笑を浮かべる恭介。
どこか困った様に弁明し始める。
「まあ我が主の話をするのもなんですが、強者を踏み拉く事に性的快感……
もとい優越を感じるらしく……
自分の一族も、元は幻朧姫様の目に適う者になるべく心身を鍛え技を磨き始めたという残念なエピソードがありますし」
「うあ~嫌だな、それ」
「ええ、本当に。
中には逆に『目覚めて』しまう者もいまして……
憂慮すべき事態なのですが」
「笑い話を越えて悲惨な話だな。
ん? そういえば恭介」
「はい、何でしょう?」
「恭介の一族はサクヤに仕えてきたのか?」
「ええ、守護者である幻朧姫様の剣となるべく心身技を鍛え魔を討伐してきたのが自分達「神名」になります」
「だからか、恭介のこの世界の人間離れした技量は。
確か退魔闘法って言ってたよな?」
「正式には退魔闘法『如来活殺』神名真流といいます。
神の名<真銘>を以って神の敵を無と為す、無聊な技ですよ」
「いや、鋼猛鬼を一撃で葬った手並みを見ていたが……
俺の世界でも恭介程の技量の主はそうそういなかったぞ」
「ふふ、お褒めの言葉ありがとうございます。
世辞は嬉しいですが、まずはヘルエヌかアルの探し人を探索しなくては。
それで幻朧姫様との話はどうだったんです?
どんな方法を授かってきたんですか?」
「ああ、それなんだが」
タイミングよく俺の背後の回廊が光を放ち一人の女性を弾き出す。
素敵な獣耳を持つその美女は閉じていた目をゆっくり開いた。
「この娘の力を借りる事になった」
と、俺が恭介に説明するより早く、
「お前は楓!!」
「貴様は恭介!!」
と叫び、互いに拳と苦無を交差させる。
互いの喉元でピタっと動きを止めながら、睨み合う二人。
まるで宿敵を見つけたかのような獰猛さだ。
「え~っと……
二人とも、随分仲がいいんだな?」
「本気で言ってるなら視力の再検査をしてきた方がいいですよ、アル」
「こちらこそこんな男と一緒にされたらたまりません」
冗談で場を和まそうと思った俺の思惑は数秒で粉砕された。
「っていうか、二人とも知り合いなのか?」
「ええ、知り合いというか腐れ縁というか」
「拙者とこやつとあと一人はいみじくも幼馴染です」
「幻朧姫様の索となるべき大神家のお前が何をしてる」
「それを言ったら咲夜様の剣たる貴様こそ黙って控えてるがいい」
「言ったな、大神楓。
こそこそ嗅ぎまわるしか能の無い狗のくせに」
「ふん、大言を吐くな神名恭介。
貴様こそ神々の恩寵なくばただの怪力馬鹿だろ?」
更にヒートアップし罵り合う二人。
徐々に互いの喉にめり込んでいってるし、マジでヤバイ。
「えーっと……
理由は分からないが、もう少し穏やかにできないか?」
「何を寝惚けた事を言ってるんですか、アル。
まだ麻酔が抜けてないなら気付けに一発入れておきますか?」
「幾ら友人たるアルティア殿の頼みでもそれは聞けませぬ。
拙者達の捲るめく失楽園へ至る為にも邪魔者は今の内に潰しておかねば」
「その妄想癖、まだ治らないようですね」
「貴様こそ女性恐怖症は克服できたのか、男色家」
「誰が男色家ですか。本気で潰しますよ」
「やれるものならやってみるがいい」
言い合いギリギリと物理的・精神的圧力を以ってぶつかり合う。
譲歩も受け入れず友誼の欠片もない恭介と楓。
そんな両人に挟まれながら、俺は再び深い溜息をつくのだった。