68章 歓談に涙する勇者
踏む込み様、稜線の軌跡を描く楓による苦無の斬撃。
半身に構えた俺は小刻みな足捌きで巧みに回避。
後方へ下がる俺を追うように楓も連撃を繰り出してくる。
確かに、速い。
まるで演舞の様に続けられ終わりがないのも見事な技量だ。
ただ必殺の気迫がないその斬撃は俺にとって躱す事は難しくない。
致命傷にならないものだけを瞬時に判別し、斬られても構わないものは最小の動きで躱す事に専念する。
鑑定スキルにより苦無に毒などがないのは判別済みだ。
剥き出しになった頬やインバネスから露出した手の甲などが浅く切られ出血。
しかし俺は意に介さず強い意志を持った目で楓を見据える。
「どうして……反撃しないのですか?」
手を止めた楓が俺を見つめ問い掛けてくる。
楓の目は俺から流れる朱き血潮に向けられていた。
その質問に俺は静かに応じる。
「争う理由がないからだ」
「!!」
「君の力が必要なのは確かだ。
だが、自分の力を誇示する為に戦わなくてもいいんじゃないか?」
「貴方は……自らが傷つくのを厭わない人なんですね」
「まあ君の斬撃に殺気が無かったしな。
けれど……君がもし、本気で俺や他者を害する気でくるなら……
容赦はしない」
冷酷なる戦場の掟。
刃を向ける者には刃を。
俺は揺るがない闘志を籠めて楓を見つめ返す。
その瞳に何を観たのか?
瞬時に間合いを取った楓は苦無を後ろに構えその場に膝をつく。
それは敵意が無い事を示す臣下の態度。
「自らに敵対する者をも思い憚るその心……
拙者、感服致しました。
更にそれが確固たる武力に基づく在り方という事も心底実感しました」
「それじゃ……」
「ええ、アルティア殿。
拙者でお力になれる事があれば何なりとお申し付け下さい」
服従の意ではないだろうが頭を垂れる楓。
俺は慌てて楓の手を取り立ち上がらせる。
「よしてくれ、そういうのは」
「しかしそれでは他の者に示しが……」
「あ~じゃあ命令な。
俺やこっちのヴァリレウス対して普通の態度……いや、違うな。
俺達の友人になってくれないか?」
「拙者が友人……?」
「ああ、仕え使われる関係じゃなく困った時は互いに助け合う対等の関係。
困った時は俺を助けてくれないか?
その替りじゃないけど、君が助けを必要とするなら俺はいつでも力を貸すぞ」
手を取ったまま反対の手を差し出す。
楓は困惑したように主たるサクヤを見る。
サクヤは笑顔でうんうんと頷く。
主の反応を見た楓は躊躇う様に恥じる様に俺の指を手に取る。
俺は苦笑しつつ丁寧にその指を握り締める。
途端、上気したように頬を赤らめる楓。
「よろしくな、楓」
「あの、その……
不束者ですがよろしくお願いします!」
長身を屈め顔を伏せる楓。
意外と純朴な女性なんだな。
たかだか握手くらいで赤面するなんて。
きっと異性に対する耐性があまりないのだろう。
「あーあ、手の早い主様じゃのう」
「ホ~ント、秒殺だったよねー」
「ああいう人畜無害そうに見える男が一番タチが悪いのじゃよ」
「うんうん。
純な女心を刺激するっていうのが特にねー」
「こう見えてな、旅先で本人は無意識……
意識しないまま女子を泣かせておる」
「本当? じゃあおにーちゃんってば人畜無害どころか鬼畜有害じゃない?」
「計算してないのが怖いのじゃよ。
あやつは勇者としては三流じゃが、天然系ジゴロとしては有史最強かもしれぬ」
「うあ~。嫌だなーそんな有史最強」
「まあ本人に自覚が全くないのでだいたいフラグをへし折ってきてるのじゃが」
「サイテー。女の敵じゃない」
意気投合したのか不穏な事をコソコソ話し合う二柱の神々。
アンタら……いったい俺を何だと……?
俺は楓に向けた笑顔が引き攣るのを感じながら心の中で慟哭するのだった。