65章 荒唐に不遇な勇者
幾星霜を経た幽玄とも云える妖しさと蠱惑さを讃えた容貌。
纏いし清廉なる気は人々に荘厳な永久の趣きを連想させる。
誰もが無意識に傅き敬いたくなる威厳。
その現界干渉力は間違いなく大いなる者に共通したもの。
畏れ多くもこの世界の神々の系譜に連なる事は間違いあるまい。
だがその姿が、
腰元まで伸びた流麗な髪を二つに分け、
あげくコスプレ衣装(散策時学んだ)を纏い、
しかもヴァリレウスの背を素足でぐりぐり踏んでいる、
どう見繕っても10に満たない幼き少女となれば、
何もかもブチ壊しである。
「っていうか、何やっとんじゃああああああ!!」
神秘的雰囲気を台無しにする光景に思わず突っ込む俺。
俺の魂の叫びに少女はきょとんとした表情で、
「え? なにって……
ちょーきょー、
もとい調律だよー?」
「調律?」
少し不穏な単語が聞こえたのを無視して聞き返す。
「うん、そう。
だってこのおねーちゃんは異界の住人でしょ?
世界結界<阿頼耶>の修正を受けたら、その力を制限されちゃうじゃない。
ましてあたしのよーな真神には及ばないものの、
亜神レベルの力の主なら殊更に。
だからこうして直接、守護者のあたしが認可の聖印を刻んであげてるんだよー。
この者は世界を脅かす存在じゃなく、異界よりの客人である事を立証する為に。
こうすれば世界結界による不均衡な力の是正を免れるの~」
「つまり……枷られていった力を戻せる、と?」
俺へと説明しながらより力を込めヴァリレウスを踏み拉く。
電脳歌姫の衣装を纏いし可憐な少女が、法衣姿の美麗な女性を足蹴にする倒錯的な光景。
特殊な趣味がある者なら何か目覚めてしまいそうな構図である。
ヴァリレウスも嫌がるどころか、寧ろ恍惚と受け入れてるとこがダメダメな気がする。
まあ……今の少女の話を要約すると、理屈は分からないが、日々制限されていく力を取り戻せるらしいが。
「うん。そーいうことー♪
あ、これに反応するってことは……
おにーちゃんがアルティアだね!
なるほどー……確かにきょーすけが言ってた通り面白そうな人★
ちょっと待っててね~。
今おねーちゃんを仕上げちゃうから……
んしょ☆」
ゴキリ、と不気味な音がしてヴァリレウスの背に少女の足が深くめり込む。
海老の様に仰け反り反応するヴァリレウス。
しかしその瞬間、ヴァリレウスはすっきりした顔で立ち上がるのだった。
「どーお、おねーちゃん?」
「うむ。完全ではないが徐々に喪われた妾の力が戻ってゆくのを実感できる。
助かりましたぞ、幻朧姫殿。
近年稀に見る素晴らしき解放感じゃ」
「これぐらいお安い御用だよー。
杜の都の守護者としての責務でもあるしね~♪
さあ……次はおにーちゃんの番かな~」
礼を告げるヴァリレウスに少女は嬉しそうに応えた。
あどけない童女のように純粋な笑み。
しかし何故だろう?
俺を見つめる穏やかな眼差しの奥にどこか邪まな印象を受けるのだが……
特にちらっと小さく舌なめずりをしたのが気に掛かる。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!
現状を確認したい」
「んー? 何かなー?」
「俺はヘルエヌという術者を探す為に支部長の助力が必要と恭介に言われ、ここへ来たんだが……君がそうなのか?」
「そうだよー☆(にぱっ)
あたしは退魔機関『夜狩省』東北支部長にして杜の都の守護者。
サクヤっていいます。
こう見えても、いちおーは八百万の神々の一柱なんだ。
どーぞよろしくね♪」
無垢な微笑みを浮かべ俺へ友誼の手を差し伸べるサクヤ。
やはり俺の推測通り神々の系譜に連なる方だったか。
俺は日本の神に出会えた感動と巡り合わせに感謝しつつ、素直に握手に応じようとその繊細な手を握り、
「えい★」
締めようとした刹那、何故か俯せに転がされていた。
しかも後ろ手を押さえられ完全に身動きが取れない。
力ではない化勁にも似た技術に抵抗する動きが拡散してしまう。
「な、何を!?」
如何なる絶技を用いたのか、前衛職の俺が触れた事すら分からず反応も出来なかった。
俺の認識ではサクヤの手に触れた瞬間、地面に這いつくばってる感じである。
「うふ……うふふ……」
俺の疑念にサクヤは答えずただ背を踏み締め返すのみ。
その嬉声に似た声を聴き、俺はゾクリと全身に鳥肌が立つのを実感。
このサクヤという神はもしかして……
「ねーねーおにーちゃん。
年端もいかない姿をしたあたしに、こんな無抵抗に踏み締められるって……
いったいどんな気持ちー?
ねぇ~……教えて♪」
(間違いなくドSだよ!)
俺はそれからサクヤの気が済む……否、満足するまで、
詰られ、
弄られ、
罵られ、
踏み拉かれたのだった……くそぅ(涙)