64章 忠告に頷きし勇者
恭介に伴われ、広大な敷地を持つ支部を歩く。
あちらこちらに呪的な処置が為されているのを横目に確認。
その耐性防御力は城塞に匹敵しかねない。
恭介がここにいれば安全を保障できるといった意味が理解できた。
これだけの規模の呪的結界は諸王国でも中々お目に掛かれない。
おそらく霊的地場の礎となっている者の加護なのだろう。
(ヴァリレウス達神々の力に匹敵しかねないな)
日の光がまったく差し込まない地下、恭介の背を見ながらそんな事を思う。
しかし人気の少ない整備された通路。
仄かに照らされるも薄暗いこの有様はまるで、
「地下迷宮っぽい……そう思ってませんか?」
「あっ……ああ、よく分かったな」
「この東北支部を含む都の環状結界は20年程前に再構築されましてね。
その時幻朧姫の意見というか趣味を『強制的に』導入させられまして……
それが何というか昔のゲーム(うぃず)を真似たもので……」
「つまりわざとダンジョンっぽく作った、と?」
「ええ、恥ずかしながら。
ファンタジー世界である琺輪世界からいらした貴方には理解出来ないでしょうが、そういった世界観に憧れる者は多いのですよ」
「はあ……俺にはよく分からないな。
この日本という国というか世界だって安全で豊かで便利じゃないか。
自らの命が確約されない世界など野蛮に見えるんじゃないのか?」
「う~ん……理屈じゃない、本能的なものなのかもしれません。
利便性を追及した結果、この世界のシステムは簡易化の一途を辿っています。
されどそれ故に人と交流する機会は減少し、それこそ誰に会わなくとも生きていく事が可能です。
電脳世界に心を置く者ならその傾向は顕著でしょ」
「? 電脳世界?」
「偽りの楽園……
いや、仮初めでなくそちらこそが現実な方もいらっしゃいますかね。
無駄話が過ぎた様です。着きましたよ」
「おい、ここって」
恭介が示したのはこの支部が形成されている建物の基部となるべき柱。
そこにはこの世界の神殿である鳥居があり、中身が見えない回廊となっていた。
「ここが支部長である幻朧姫様がいらっしゃる社に繋がるゲートになります。
不安でしょうが、どうぞお進み下さい。
既にアルが伺う事は連絡済みですし、ヴァリレウス様は先に向かわれてます」
「そっか……じゃあ行ってくる。
ありがとな、恭介」
「いえ、これも仕事ですから。
それとアル、少しだけ御忠告を」
「ん?」
「その……支部長というか幻朧姫様は特殊な趣味をお持ちです。
幼く見える外見もあって若干引かれるかもしれませんが頑張ってください」
「お、おう。任せておけ」
「引かないで惹かれたら自分は貴方にドン引きしますがね」
「え?」
「いえ、なんでも。
さあ……回廊の結界は解除しました。どうぞ」
恭介が鳥居に向かって呪を刻むと呪符の施された注連縄がゆっくり下がる。
「何だか怖いが……取り敢えず行ってみる」
「御武運を」
恭介の警告を背に受けながら俺は回廊に足を踏み入れた。
軽度の浮遊感と酩酊感。
この転移術に似た感じは間違いなくゲート特有のもの。
俺は目を閉じ歯を食い縛り耐える。すると、
「あれー? おにーちゃんだれ?」
俺に掛けられた舌足らずな声に俺は目を開く。
薄暗くも荘厳さが漂う神殿。
無数の蝋燭が積層型の陣を為し輝きを燈す。
その仄かな明かりに照らされてるのは、
「んー? どういうこと?
きょーすけはなにやってるのー??」
昨日休み時間に級友から教わった有名ボーカロイドの衣装を纏った幼女と、
「あ、アル……随分遅かった、のう……うっ」
何故か幼女に背を踏まれ恍惚としているヴァリレウスの姿だった。