63章 真剣に滑稽な勇者
「体調は如何ですか、アル?」
医務室の扉を開けた俺に、パソコンの前で何やら作業をしていた恭介は、振り返り様に尋ねてきた。
精彩さを欠き幾分か憔悴した様子から、昨晩から一睡もしてない事が窺える。
自分だけ安眠を貪った事に申し訳なさを感じつつも、俺が心身共に回復する事がこれから必要とされる事であり恭介の望みだったろうと思い直し、毅然とした態度で応じる。
「ああ、お陰様で完全回復した。
……ありがとう、恭介。
あの時恭介が救ってくれなかったら、俺はミーヌを救う事も出来ず野垂れ死んでいただろう。
改めて礼を言う」
ヘルエヌの甘言に踊らされ冷静な判断を失い暴走していた俺。
気力と魔力を使い果たし、恭介の指摘通りあのままでは早々と消耗死を迎えていたに違いない。
感謝や謝罪の意を込め、恭介に深々と一礼する。
「よしてください、アル。
貴方はこの世界の住人でもないのに皆を救うべく尽力してくれました。
自分が恩義を述べるというのも筋違いでしょうが、こちらこそありがとうございます」
俺の言葉に恭介も慌てた様に喋り頭を下げる。
「いや、それでは俺の気持ちが……」
「いえいえ、アルにそんな事をされたら自分も……」
互いに頭を下げ合う俺達。
当事者同士は真剣だが、傍から見れば滑稽な光景だろう。
俺達は思わず顔を見合わせ吹き出してしまう。
「ははっ……何やってんだろうな、俺達は」
「ふふっ……本当ですね」
俺達の笑い声に事務所らしき場所にいた職員が何事かと注視し始める。
ひとしきり笑いの発作を堪え腹筋を鍛えると、俺達は真剣に向き合う。
「さあ、漫才はこの辺にするか。
……状況は?」
「あまり進展していませんね。
ヘルエヌの動向ですが恐ろしく慎重で尻尾を見せません。
異界の客人であるミーヌさんを人質に取った以上、脅迫なり交渉なり何らかのリアクションを取るものと思われましたが……
現在まで不気味なくらい沈黙を保ってます」
「そうか……現状としては待ち、一辺倒か」
「ええ、今までは」
「今までは?」
「はい。広域探査術の使い手が現在出払っているが為の待ち状況でしたが、アルが回復したのならやり方は幾らでもあります」
「ちょっ、ちょっと待ってくれ!
確かに俺は探査術を使えるが……
俺は前衛主体の戦闘職だから本職に比べ効果範囲は広くないぞ?」
ミーヌが展開した増強・補助魔術は流石に効力を失っていた。
ヘルエヌの波長はしっかりマーキングしてあるから再検索は可能だが、俺個人の力量では数十メートルをカヴァーするのがやっとだ。
俺の質問に恭介は分かってます、と頷き、
「そこは御安心下さい。
ウチの支部長に手伝って頂きますから」
「支部長?」
「はい。
退魔機関『夜狩省』の東北支部長にしてこの杜の都の霊的礎であり守護神……
遠野の幻朧姫に」
どこか悪戯めいた表情を浮かべ、恭介は俺を支部長室へ誘うのだった。